2015年08月11日

新聞を読まない

 いけないなぁと思いながら、実はこの1ヶ月ほど、新聞を読んでいません。
あっという間に溜まる新聞を読まずにゴミに出しながら、なぜ読まないのか、考えました。

 「戦争が怖いなぁ」

 と思っているんですよね。
お盆にこのことを考えるのさえ、ヘンな符丁のようで恐ろしいです。

 前NYに行ったときたまたま地震があり、ペンシルバニアの原発が停止する事件がありました。
アメリカはたいしたもので、1分その報道をしたきり、あとの2時間は「地震怖かったですね!キャハ!」というナンパな報道をし続けました。

 そのとき、これがいわゆる言語統制だなと思ったのです。それを目の当たりにして、逆に日本は、素直に報道してくれているんだ、とありがたく感じました。
 それまでは議員のうっかり発言の揚げ足を取るなど、興味本位の野卑な報道は嫌いでしたが、これも日本の言語規制がルーズなので、むしろ平和の表れなのかもしれないと思うようになりました。(相手政党の手ぐすねと考えれば怖いことですが。)

 それが、ここ3年ほど、どうも戦争の臭いがちらちらするのですよね、世の中に。
もしいざ、戦争が起こるなら、まっさきに新聞は、いろいろ書けなくなるだろうと思うと、新聞を読むことに一種の怖さを感じるようになりました。
「もしここで、丸め込まれた記事ばかりになったら、私気づいちゃうなぁ」ということです。

 私は本来字を読むのが大好きなので新聞も朝から一喜一憂しながら読むのですが、それだけ一生懸命目を通していると、自分は戦争にいち早く気づくだろう、そしたら、どうしたらいいのかわかんない。というのが正直なところです。

 戦争というものは、紐解けばいつでも誰かがやっているので、特別なことではないとわたしは思っています。アメリカがその気になったり日本の財力が尽きてお金で媚を売れなくなったりすれば、日本の平和なんてひとたまりもないのではないかと恐れています。
 自分が戦争が起きてできるのは、せいぜい戦地外へ移住することくらいでしょうか。それでも日本国籍があれば、息子達は戦場に連れ出されるのかな?と思うと暗い気持ちになります。

 こうやって、無意識に戦争を怖がっているので、とうぶん新聞が読めない気がしています。








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2015年07月30日

こども

  墨俣町というのが私の住んでいる地域なのですが、この地域には自分の子はもちろん「他人の子を可愛がる」気質がまだまだ多く残っているなぁという感じがします。
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これは、野球部63人(うち30人は大人)
で出かけたときの写真です。墨俣出身の広島カープ 石原捕手の応援に、Tシャツ揃えてバスで行きました。

  先日も、あるお母さんの誕生日、祝いの気持ちで何と子供が23人家に来たという日があります。もはや、教室の体ですし、4歳から中1まで来るという人望の厚さ。よその子が来ると家が荒れるわ〜という人には見えない人生の瞬間だと思います。

  そうしてみんながよその子を自分の子のように思うので、子供達はよくかわいがられよく面倒を見てもらい、大人の前でしっかりケンカできています。それでしっかり怒られて、のびのび大きくなっています。

  親を13年やっていると、自分ばかり見て欲しくてすぐ拗ねる親もいるにはいるのですが、そういう人は自分の子にイヤミな子育てをして子供が小さくなっているので、周囲はその子を励ましたい気持ちになり、結局大事にしてもらっています。

  さらに墨俣の野球部やバレー部には、さわやかだったり親切だったりする親しかいないという奇蹟の構成なので、子供達も私も本当に励まされ助けられています。

  マザーテレサが、地球の平和を願うなら、まず家に帰って家族を大切にしてと言われるのですが、部活のおかげで(みなさんのサポートにより)それができる自分。ありがとうございます。
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(これは、うちの子の可愛くて強い先輩達)

  私は今 長男が中2なため些細な衝突が絶えませんが、私よりお母さん達が息子を理解し私をたしなめてくれるので、安心して息子と小競り合いをしています。

  これからも、墨俣のみなさんにはお世話になります。クーカンの今の社風も、この空気感の中で生まれたのではないかなぁという気がしています
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2015年02月18日

オープンハウスの裏話

 2/14〜15、バレンタインデーにオープンハウスを行いました。
お越しくださった皆様、どうもありがとうございました。

 今回は、「リーン・ロゼ【フランスの家具】がにあうお家」をテーマにしました。
ゆったりした快適なリビングキッチンに
真っ赤なソファをバレンタインデーに向けて運び込み、
シェフ特製のドルチェやIHで作ったお菓子で、お披露目パーティをしました。
また、近日中にブログなどでご紹介します。

「お引渡し前なのに、お客様より先にキッチンを使って調理をするんですか?!」
と、準備を依頼した建築業界の皆様にはドン引きされましたが、
お施主様とそのご親族もニコニコと来場され、会場は大盛り上がりです。

そもそも、1回の使用で傷つく商品なんて取り付けていないはずだし・・・。
そもそも、試運転はどうなのさ・・・。
と思うわけで、あまりそう言うことにこだわらない二人が合わさった結果が今回のオープンハウスでした。

 いろいろな意見があるとは思いますが、今回に限っては、お施主様が「オープンハウスをやってください」とお申し出くださいました。

「いつも楽しいオープンハウスなので、私の家も あんなふうにコーディネイトされたところを見てみたい」といってくださったんですよ。うれしいお言葉です。

 そこで調子に乗って、お菓子もおおっぴらに出すことにいたしました。

 日本というのは何事も端正な国ですから、「お施主様のものを勝手に業者が使うなんて!」という業界の深いタブーがあるのですが、
たまにこういう相性の方に出会えば、タブーもパーティに変わるわけですよね。
 クーカンとお施主様は、上下のつながりでなく、家を一緒に造るパートナーとして思っていただいているんだなぁと実感しました。

 今回の企画に関しては、またご来場いただいたOBOGのみなさまからご意見も伺いたく思います。

 最後になりましたが、ご協力いただきましたお施主様、本当にありがとうございました。心からお礼申し上げます。
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2014年08月13日

社長であること

 最近、涙ぐんで 感動したこと。
アメリカに住んでる友人(夫婦で日本人)がいるのですが、その旦那さんのお金との付き合い方です。

 彼は、マンハッタンのロックフェラーセンターで金融業界で働いている人なのですが、最近は土日も出勤しています。
権利意識の強いアメリカで、土日(=プライベート)を仕事に侵食されるのは、もっとも忌避されること。
それでも、「俺が一番わかっているから。」といって、やる気を持って出勤しています。

 年収は3000万円を軽く超えています。
そんな中、先日2000万円のボーナスが出ました。
そのご褒美として買ったものは、「マカロン」。
他には特に何一つ、余分なものは買っていないそうです。そして、従来と変わらず、スタバは高くて飲めないと言っています。

 かたや、奥さんいわく、「私がお金を使ってもお構いなし。家が欲しいねと言ったら、次の日買いに行こうか、と言ったよ。」
と、家族への出費は惜しみません。
そこで、奥さんは、「そんなことされると、むしろ使えないよね。」と笑って、無駄遣いをしていません。
この夫婦は、そんな奥さんの長年の勤労で、欲しかったアメリカの永住権を取得しました。

 彼のスーツは、マンハッタンのビジネスマンとしてはだぶだぶで、私が気になるほど。指摘したところ、
「ぼくがお金持ちに見えたってイヤミじゃないか?」と言って笑います。

 私は、そんな姿を見て、涙ぐんでしまうんですよね。嬉しいというか、いいものを見た、と言う感動で胸がいっぱいになります。

 人が、お金を持てないと苦しむ傍ら、お金を持っても苦しんでいる人をたくさん知っているから、
この夫婦の真摯で誠実な精神に、胸を打たれます。
お金から解放されるというのは、まさにこういうことを言うんじゃないでしょうか?
かれらの、生きるモチベーションはお金ではないから、なんに執念を燃やしているんだろう?と楽しく想像しています。

 私は、人にやさしい建築がやりたかったから、会社を造らざるを得ず、「社長」という呼称を得ましたが、
ときに、いいように思われ過ぎたり、(劣等感の強い人から)無駄な嫌悪を抱かれたりします。
優しくしようとすると、お金もかかるので、そんなにお金持ちな会社でもないです。

 でも信じているのは、お金や、社長の呼称は、なんの幸せも運んでこないということ。
さらに、会社が利益であふれかえったり、スタッフであふれかえったりすることが幸せだとも思いません
(とおりいっぺんの経営論には辟易しています。)

 わたしが社長になっていいと思うのは、「自分のやりたいようにやれる」と言うことに尽きます。
で、そのやりたいことが、わがままだったり、怠惰だったりすると、きちんとペナルティがやってきます。
 社長でいると、そういう因果応報がすごく素直に発生しますので、のんびりなどはしていられません。

 「自由」は、「責任」を果たした後にやってくる、と思っているのですが、
アメリカの友人が得ているのは、まさにそうやって、先に自分で世の中に与えているからです。
人種的偏見ももちろんある、周りは遊んでいるのに自分はやるべきことをやる、そういう筋の通った彼らの信念があり、
そこに物質的に困らない彼の環境が与えられている、
そういう事実に、世の中への信頼と安心がわいて、私は感動してしまうんですね。

世の中すべての人が、こういうループに入れたら幸せだなぁと思うわけです。

わたしも、「家を建てる」という執念だけで生きていますが、
この執念と言うのは素晴らしいもので、クーカンの文化を生み、喜ぶ人を輩出してくれるようになりました。
責任はいつも重たいけど、心を柔らかくして、受け止めてもちゃんとつぶれない自分を造っています。
少しは、誰かの幸せに貢献したい、と言うのは、私たちにあらかじめプログラムされているんじゃないかと思うほど、
自然にわいて出てくる感情です。これをありがたく受け止められたことが、クーカンの命綱だと思います。

最近の人の悩みを見聞きするにつれ、先に相手に求めているからだよなぁ、とちょっと冷たく見ている自分がいます。
人が自分に何をしてくれたか、罪悪感や劣等感をぬぐって、一番最初で肝心なところを見つめることができれば、
その人はどんなに励まされるか!

最近嫌なことがありましたが、こういうことに気づくいいきっかけになりました。
エネルギーを持って、一歩先に自分から泥をかぶれる、そういう人になることを誓っているこの頃です。








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2014年06月19日

現実と仮想

今朝は 朝 現場に行ってきました。これからお施主様と打ち合わせです。

 できれば、1日に1組お打ち合わせをし、残りの半日で5件分の図面や事務作業をする、という暮らしがしたいのですが、そう簡単にスイッチが切り替わらないうえ、不測の質問や現場打ち合わせが入りまくるので、5件どころか…3件こなせたら早い方、という現実です。

 
 会社経営の方にも神経を使うと、実働時間は一体…?となっております。

 今年、いよいよ工事がいっぱいになり、1年待ちという方が慢性的に出てしまっている状況。
毎日プレッシャーが重いので、気持ちを切り替えるスイッチの性能を この夏は 高めていきたいと思います。

 そうだ!夏は私の季節!(秋生まれですが。)

 これからの方、よろしくお願いします!

 OBの皆様、温かい励ましとまなざしでいつも見守っていただきありがとうございます。
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2014年04月18日

現場のヘルメット

 ハウスメーカーの設計士をしている方の奥さんと、話をした時のこと。

「ある会社は、工事現場でヘルメットをかぶっていない人がいるんですよ!ありえないでしょう?」
と、他社を三流扱いしていました。

 もう3年くらい前のことですが、未だにスッキリしないのでよく覚えています。

 毎日、汗だくで仕事してる人に1日中ヘルメット。
 今日は一日中上を向く仕事の人に、一日中ヘルメット。
 俺って背が人一倍低いんだよね、という人にも1日中ヘルメット。

 それって、現場の人はかわいそうだと思います。
 

 
 とはいえ、現場でヘルメット、実は義務付けられているんですよ。
労働安全衛生規則の第2章「安全基準」の項に、保護帽の着用義務、というのがあります。

 規則なので、法律で決まってるほどではないのですが、 私は常々、この規則ってまったくおせっかいやと思います。

人間、生きていれば危険はつきもので、建築現場にはさらに危険がいっぱいです。
だから、ヘルメットひとつで、防げる命もあるのですが、その一瞬のために、どんだけの不快な時間を皆がすごしてることか。
 

 生理的に考えて、1日してるヘルメットへの不快感で、手元の一つやふたつは狂うくらいです。

 「ヘルメットもしてないんですよ!」と他社をバカにするハウスメーカーさんは、
はしご(脚立)の最上段と2段目には、登ってはいけないのだそうです。あぶないから。

 ・・・ほんとにホワイトカラーの人たちって、念入りな決まりだけは作るなぁと、うんざりしてしまいました。
 
 それって、人を守ってることになるのかな。

 訴訟や損害賠償のリスクに会社が備えてるだけで、作業員の気持ちがわかってない、とわたしはあくまで思います。
 そんなうちの大工さんたちのふだんの保護帽は、頭タオルやスタッツ入りの帽子だったりしています。
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2014年01月23日

2014年もよろしくお願いします。

 本年もよろしくお願いします。

 いや〜、消費税8%を前に、どの建築業界もいそがしいですね。
ご多分に漏れず クーカンも、世間に巻き込まれて忙しいです。

  しかし、巻き込まれるってのは、大変ですね。
わたしは見た目ほどはガツガツしていないのですが、ガンガン仕事をする羽目になります。
 忙しさでブラッシュアップされて、今年もさらによい住宅をお届けしま〜す!

 …ところで。
 わたし、年末の事故で、神様に「人生に満足しているならもう死んでもいいだろう」と引導を渡されたと感じております。
(あ、わたし、自分の人生に完全に満足しています。)
 というのも、常日頃から、 クーカンはお客様もスタッフもいい人ばかりなので、「こんなに幸せなことはないな〜」と思って生きています。が、その傍らで、どうも、満足していない自分があるんですよね。

 それは、「自分ができないこと」に、まったくチャレンジしていないということ。

 言い換えれば、「人がなかなか成し遂げられないこと」と言ってもいいかもしれません。
パイオニア(開拓)する脳みそが、なんだかこの頃、死んでるなあと思うんですよね。

 思えば、クーカンを始めたころは、
「こんな感じのものできる?」→「(どうやるかわかんないけど)できます!」
「これ、間違えてない?」→「ああっ、ごめんなさい!!!」
「早く図面をだしてよ」→「わぁっ、思いつかないけど頑張ります!!!」
「仮設トイレがくさいよ!」→「わぁっすみません!!すぐ汲み取ります!」
などなど、お施主さんの些細な要求に右往左往し、それでも「やってやるぞ!」感満点で、ドキドキのし通しだったのですが、さすがにこの頃は、建築にまつわるいろんなことに慣れて、こなしてしまっています。
 

 難しいこと、大きなお金が動く仕事をやっているし、失敗ができないので、どんどん自分が「うまくやる」ことばかりがうまくなります。

 それは喜びなのかというと、意外と、あっけないもので。
あの頃渇望した「こなせる自分」は、達成してしまったら、次を探してさまよう自分を感じます。
 

 だいたい、いま海外に移住するガッツって、ないよなぁ。
原発が爆発したら、ぜったいアブダビかどこかに住もうと思ってるんですが、そんなこともないと、移住しそうにないです。

( 知らない土地で、ゼロからやってく、って、なんかもう、永遠の憧れですよね!)

 慣れないことをやると、ドーパミンが大量に出て、年を取らないらしいですよ。

 そこで今年は、 もし慣れないことを要求されたら、今年こそは、「面白そうだからやります!」と飛びつけるといいなと思います。
そして来年には、「これ、大変だけどやってみよう!」って自分で見つけてくる私になりたいなぁ、と、すごく思っています。
それは、大きな仕事でもいいし、難しい仕事でもいいです。
時間がない時間がないと、言い訳するのはもう飽きたよ!
44歳を過ぎるころには、毎日の仕事を打っちゃってでも、自分の可能性に賭けてみたいんですよね〜!!
子供がいるうちは無理なんですけどね〜!(その頃ちょうど受験生。)

 ま、そうはいっても 地に足の着いた私。
 今年もみなさまのお家の「美」を担うべく、がんばりますね!













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2013年12月20日

ブレーキ

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 おとといの夜 雨の坂道で 車に乗っていて、ブレーキが利かなくなる事故にあいました。
ブレーキが坂道で効かないなんて、映画でよく見ることですが、恐ろしい思いをしました。

 おかげさまで、自分には傷一つなく、ぴんぴんしております。

 長い山道を降りてきたので、ブレーキパットが悪かったんでないかとか、
タイヤがつるつるになってしまってたんでないかとか、
スピードがあったのに急ブレーキをかけんでないかとか、
あの道は普段からスリッピーだからでないかとか。

 理由はなんにせよ、毎日相棒のように乗ってる車で、ブレーキが効かないなんて、ウソのようでした。

 前に信号待ちをしている2〜3台に、後ろから玉突き事故を起こしかけたのですが、
うまいことその車たちに平行に、かつ、山にぶつけて止めたせいで、自分だけの事故で済みました。

 ・・・にしても。
 
 人にぶつからないように、とばかり思ってスリップして坂を下って行った自分のことを衝撃的に思い出します。
「人に迷惑をかけずに助かるには?!」と想いながら、ハンドルを切った自分。
 

 
 たまたま計画がうまくいったけど、はっきり言って、あの時死んでたのかもしれないなぁと思うのです。

 そして、あの時死んでたら…と考えたら、とっさに思ったことが、
「あんなのは、しゃあないな」と、あっさり諦めたように思いました。

 それが今、ショックなんですよね。

 ふつう、「今こんなとこで死ぬわけにはいかない!」と思うと思うんですよ。
私はどういう料簡で、そんなふうにあっさり納得するんでしょうか。

 それって、私は自分の暮らしに、満足しきってしまってるってことじゃないかなぁと思うと、はじめて涙が出ました。
こんな若いのに、死んでも仕方ないと思うなんて…情けない。生きる気力が足りないよ。

 確かに今まで、クーカンが成功するように一生懸命生きてきて、目標もあったし願いもあったし責任もある立場なのですが、
そういう自分に満足して、40の身空で「今死んでもいい」って思えるって、なんかものすごいさみしいことなんだって、判りました。

 安藤忠雄さんの講演で、自分に足りないものを感じていたのですが、
自分には、「ばくちをうつ」というか、「苦しいけどやってみる」っていう覚悟がないなって。
世の中にイノベーションを起こすために苦労した人は別物って、言っちゃってた自分が悲しい。

 今・・・猪瀬前知事が苦境に立ってるけど、ああいう風に上行ったり下行ったりしてるのが、しょせんいい人生なんですよ。
人間は苦しいときもあるよ。その代わり、夢のように幸せな時もあるし。

 わたしは失敗しないためばかりの、ヘンに保険かけたような道を歩いてるから、
今回の事故は、神様に引導を渡されかけたんじゃないかなって思うんです。
 

 もう一回、自分の夢って、自分の願いってなんやろうって、真剣に見つめてみようと思います。

 今度死ぬときは、人の踏んでない道を、見つけていたい。
そしてそこを歩きながら、オレ流に、道半ばで倒れてやろうと思います。
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2013年07月17日

苔が好きです

暑いですね。

でも今日水曜日は、定休日。
事務所に一人なので、エアコンをケチって一人で汗かいています。
一人で仕事すると、わがままにやれるので、好きです。
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デスクトップを、苔の手水桶にし、
バックミュージックを 小原節にし、
気分は夏です。
昭和20年くらいの。
ああ、楽しい。

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2013年07月06日

しらける時の心理

「働きマン」という私の好きな漫画の中で、かなり好きなフレーズがあります。
若手の部下が生意気な態度をとった時、先輩である主人公・ヒロ子が思う

「ダメだ!間違っているところが多すぎて、どこから怒っていいかわからん!」

というくだりです。

 会社アルアルというのでしょうか。

 
 わたしは、そういうことをお客様や部下にやられても、ちっとも痛くもかゆくもないのですが、仲のいい友人にされると、とたんに許せん、ということがあります。

 そのマンガ、その後も、新人にダメだししたくて、我慢しているとき主人公が、
「あいつを怒れって?ヤだよ、あいつにそんな手間かける愛情ないもん、○○ちゃん、怒ってよ。」

というシーンがあります。

 一見、上から目線なのですが、あるよね〜。

 会社だと、「こら〜!お前は自分をなんと心得とるのか!」と怒れるのですが、
友人にやられちゃうと、ここは、友好関係というのは平たんな関係なので、上から目線で怒れない。

 
 部下や他人になら湧く「この人を助けてやろう」という気持ちがなくなるのは、自分が介入する権利がないからですね。
助言するのがおこがましいので、早めの投了を言い出す、という心理なのかな。
 

 もしそうなら、冷たい私ですね。
まだまだ修行が足りません。その人の成長を、助ける気にも見守る気にもなれないのは、あまりいいことでない気がします。
 

 
 もう一人の、25年来の友達が、再会を祝って、すてきなお花をくれました。
この子とのように、ゆるやかに、分かり合えるというのは、なかなか貴重な関係なのだなとかみしめています。

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2013年04月29日

建築界の 維新時代

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小山健さんがかいてくださったこの漫画。
ホンっと、この通りなんですよ、クーカンがこういう集団になった理由は。

 当時若造だったので、「おいおい、そんな自分の言い分ばっかり主張して、きみらは政治家かよ!」と腹をたてつつ、わたしは何も言えませんでした。
 やる気のない大工さんや、人をなめてる設計士の建てた家は、そりゃーもう、「欠陥住宅」でございました。人が、「夢のマイホーム」と言ってやまぬ、夢とお金をこのように踏みにじるなんて、まさかの現実。うそやろ?!ウソであってくれ!と思いましたが、現実。

 当時の私は、1年で顔にひどいクマができました。
 それはひとえに、社会正義に反する仕事で のうのうとお金をもらうことへの罪悪感だったわけです。
 若かったので、海へ山へショッピングへと、気分転換をはかりましたが、会社に行く時間には自分が情けなくて泣ける、という朝が続き、退社しました。

 毎朝、鏡が、「漢(おとこ)は自分の顔に責任を持て!」とささやいてきたものです。

 あのとき、退社してよかったなぁ。

 建築リフォーム業界の悪も見られてよかったなぁ。

 私が見た、っていうところに、世の救いがあるなぁ。と、僭越ながら思うわけです。

 ときどき、近隣の「好きな設計事務所や工務店」をお客さんに披露しては、「それって敵じゃないの?」と驚かれるのですが、いい仕事してらっしゃるところは、人を大切にしている、とてもいい会社ですから、一緒に頑張ろう、くらいの気持ちがあります。

 わたしにとって敵とは、お客さんの希望とお金を食いつぶす、下手な大工です。金と営業至上主義の建築会社とか。
 好きな工務店は、とても性格のいいかたや、設計の好きな方たちがやっておられるところです。いい仕事してらっしゃるのを見ると、自分もああなりたいなぁ、と畏敬の念こそわき、これでまた、誰かが救われたと思えるので、安心できます。

 
 表立って、おたがい言わないけど、それらの会社は、みんな、私のようにお互いを同志くらいに思っているんじゃないかしら。

 これが、建築界の明治維新みたいな感じで、いい感じなんですよね。
 いま、建築士が流行ってて、ありがたいことだと思います。
 もう一度、営業至上主義の魔の手から、住宅を救い出そうぜ!
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2013年04月28日

ありがとうありがとう

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きょう、初めて来てくださったお客様が、ひとしきりの会話の後、ご家族に
「なっ、オレ、いいところ見つけただろ?」
と、言ってくださいました。

 
 モデルルームがあるのだと思って来られたのに、うちは打ち合わせスペースしかないんです。
 よって、施工例のアルバムをお見せして、ご要望を伺っただけなのですが、そんなふうに言っていただいて、申し訳ないほどありがたく思いました。(ありがとうございます!)

 何か伝わるものがあったんでしょうか。 
 伝えたいことや、できることは、ずいぶん増えたつもりですが、こんなに短時間で、そのような感想をいただくと、恐れ多い気がします。
 実は、そのような事務所になりたくて、ひたすら邁進してきましたので。

 これもひとえに、今まで応援してくださったお施主様たちのおかげです。(もう、私のこの感情は、生存者がご先祖様を敬うのに近い。)
 いろいろ、私どもの要望をききいれて、チャレンジさせてくださって、どうもありがとうございました!
 本当に感謝しております。

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2013年04月26日

わたしのアキレス健

 わぁわぁわぁ〜と、今、子供が ご飯を食べに帰っていきました。(今、夜8時20分。)
事務所は静かになって、若干、過ごしやすくなりました。
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 仕事が終わらないのを気の毒がって、みのりちゃん(事務所の女性)が、夕飯に連れ出してくれたのです。
 その前の7時半には、一人で留守番する長男をかわいそうがって、大工の浅野君が、私の家まで迎えに行ってくれました。
 この1週間、夕ご飯を造ったのは2回だけ。

 4月、一番下の子が一年生になりました。毎日、3時30分には帰ってきてしまいます。
忙しい職業なので、職場で面倒を見られるように、この、子守のために独立したようなものですが、それでもやはり、つらい…。
 仕事がはかどらないですよ。子供が横にいると。

 それでも今日は、長男(小6)とゆっくり話したいことがありました。朝ケンカしたのですが、謝りたいことがあったからです。
 迎えに行って、ご飯を食べて、の役割が、私だったらいいのになあ。みんなではなく。

 うちの建築事務所は、驚くほど性格のいい人ばかりで構成されているので、就業していて苦痛がほとんどないうえ、苦境に立つとこのような親切に出くわして、ほんとうにありがたいです。
 が、肝心の自分の子供を疎ましがってるうちは、私は一人前じゃないな、と反省することしきり。私自身は、まだまだです。

 あぁ、わたしの仕事人生、アキレス健があるとしたら、ぜったい、子供なんだろうなぁ。産んで11年、子供に何をしてあげてるんだろうなぁ。と、悲しく思うことがあります。

 昔ショーンペンが知的障害者だけど子煩悩、という映画(I am Sam)を見ましたが、あの時一番胸に刺さったのは、ショーンペンの子供への純粋な愛情、ではなく、その傍らで我が子をないがしろにするしかない、忙しがってる女性弁護士のほうだったのを思い出します。
 ああはなりたくないな、と思っていたはずなのですが、思い切りなってるね。

 それでも、こうして子供を見ててもらえるのは、ありがたい限りです。
 頑張ろう。そしてちゃんと家で話もしよう。
 あの女性弁護士も、最後に子供のサッカー見に行くようになって、楽しそうにしてましたもん。
 
 
 

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2013年04月21日

建てた家とこれから建てる家

 クーカンは、モデルルームがありません。
よって、建てたお家にお客様をご案内することになります。

 ここで、いつもジレンマなのは、
「さっき建てた家でさえ、私たちには過去」ということです。

 毎日 建築ばかり考えているので、造ったものはすぐ忘れ、次の家に意欲を燃やしているわけです。
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 「次は、こんなふうにしよう!」と思っても、まだ作っていないので見せられない。
でも、自分たちの中では燃えるものがあるわけです。
 そんな時、
「この考えを伝える(ために造るプレゼンの)技術や時間がほしい!」
「もっと時間をかけてこのデザインを洗練させたい!」と思う傍らで、
着工やプランをずっと待ってくださってる方々、
私どもの勝手で上がる予算、に
どうしようもない申し訳なさを感じながらの毎日です。

 安藤忠雄が、表参道ヒルズを造ったころ、
「もうそろそろ、施主の意見を聞かずにつくりたいね。」とおっしゃっておられましたが、
建築界で 自分の作りたいものを造る事で有名な巨匠でさえ、いつもそのジレンマはあるのだと感心したことを思い出します。
 

 私たちは、家を造っているようで、人との縁を掘り出しており、
お金をもらっているようで、愛情を、もらっているんですよね。

 その恩は建物でお返しするのが私の役目かと思いながら、今も新築のディテールを考えております。
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2013年03月28日

アホの悩み

この頃…。
お客様との打ち合わせが忙しくて、現場に行っていません。
裕ちゃん岡ちゃんがよく監督をしてくれているのもあり、週に1回も、それぞれの現場に行っていません。
その物件の内装&家具のプランもしないといけないので、やっぱり現場に行っていません。

そうするとどうなるかというと…。

風邪をひきます。
現場に行け、と体が言っているようです。
頭の中だけでは、しょせんうまいものは造れんぞ、おまえ、お客さんに悪いと思わないのか?と
身体が言うわけです。
(なぜなら、風邪をひくとバカになって机の上の仕事ができませんから、現場に行くしかないわけです。)

でもどうしようか、
プラン提出を待たせているお客さんに悪いし、
でも、造っている途中の家を見ておかないと、変な家になってしまうかもしれない…。
どうしようか、ここに残るか、現場に行くか?

あぁぁこんなのは、私の頭がもっとうまく働けば、ちゃっチャッと全部やってしまえるはずだろう、
わたしって、才能がなのかもしれへん…。
とそのうち自虐的になってきます。

頭が悪い分、時間を使ってフォローしたいのに、夜は眠くなる・・・。
妊娠中は、夜中の残業できてたのに…。
あの頃は、出産2日前でも 集中できたのに…。
夜中の3時が仕事メールだった日々はどこへ行ったの…?
退化してるんやな私って…。

とうとう今回の大野町は、美しい現場をみて、「みんな、ありがとう!私だけがこんなアホでごめん!」ってなりました。

こんな私に必要なのは、脳トレでしょうか?
それともやさしい保健室の先生?
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2013年03月11日

下手な大工

昔、クーカンではなく、平塚家具で家具を販売していたころ、
こういう相談が来ることがありました。

「いま、あるお家の改装をしているリフォーム屋ですけど、吊戸棚を外せないから、来てもらえませんか?」

「いま、新築を建てているんですが、うちの大工、階段を造るのが下手なんで、家具で作ってもらえませんか?」

・・・。
唖然としましたよね。

 人の家をリフォームしに行って、吊戸棚ひとつ外す技術がないって、
やくざな業界だな!と。

 だいたい、階段造れる大工さんがいないのに、よく年間50棟も建てるものだと。
(一人前に、CMもやってるし、ハウジングセンターにモデルハウスがある住宅会社です。)

 それに、階段を家具で作るって…。安全性とか、どないなものか、もし私に知識がなかったら、どうするんだろう?
へっこへこの階段を造ったら、クレームになって、すぐにこの人更迭されるじゃないの?
と、瞬間で思ったものですが、それを言いにこれちゃうリスク管理の甘さにも呆れました。

 世の中、それくらいワケのわからない構造でも、何とか一流会社になるんだなと。
そして、それを家具屋に相談って、君らプライドも知識もなさすぎだろ〜!!
わたしは絶対そんな人とはかかわらないぞ!と思ったものです。

 こんな愚痴も、もう10年以上たって時効なので言えることですけどね。

 当時は、自分が建築会社を始めると思っていませんでしたが、意外と、こんな人たちにちょくちょくあってたのが、
自分で起業した理由の一つかもしれません。
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2013年02月01日

毎日新聞の取材

毎日新聞に わたしのことが載りました。
「リアル30’s 私が働く、私が稼ぐ」
http://mainichi.jp/feature/news/20130128mog00m040999000c.html
女性の 仕事や育児のバランスについて模索した特集です。
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いつも思うのですが、新聞記事は、都会の人たちを描くことが多く、悲壮感がたっぷりです。
このシリーズはずっと読んでいますが、
「閉塞感」がテーマなのか?というほど 切ない人が多いです。

当初、サブタイトルは「選べてる?」でした。
読んでみると、「キャリア」だとか「離婚」だとか「出産しない」だとか・・・。
なんだか、頭でっかちな選択が気になりました。
ほんとは子供も仕事もしたかったんじゃないの?と思います。
全部取った人の例が少ないから、もっと、成功例を乗せたらいいんじゃないのかな。
愚痴のような嘆きの記事は、あまり参考にならない。

女に生まれた私としては、全部を100%は無理だとしても、
全部を30%づつやったらいいと思うわけですよ。
男みたいに、100仕事できるじゃないかと言われたらむしろしんどいと思うのです。

そうやって、開き直って、100%でやらなきゃならない仕事も育児も、
わたしはみんなに寄りかかって、それなりに達成しましたよ、と書いた記事が上記のサイトに載ってます。

記事には、家族だけでなんとかやったようなことが書いてありますが、
私の場合、お客様が、肝心だったんですよ。
(ここが割愛されたのは、記者さんにピンとこなかったのでしょう。
 ふつうでは想像もできないほどありえない、つまり恵まれてるということだと思ってます。)

お客様が、30%の私を許して、
それでも使ってくださって、
さらには愚痴を聞いてくださり応援(ケーキを食べたり)をしてくださった、
という経緯がすごいのです。

世の中に心を開いてれば、けっこう、助け舟はいつもすぐそこに来てるってわかるんです。
「商売や建築の技能」があるから、とか「頑張っている」から、だけではなく、
正しさを持って安心していれば、いつでも人は助けてくれるものだ、ということが
わたしの30代の結論です。

今日も、少しでもお家がかわいくなるように、働いてます。
たった一人の人にでもいいから、ご恩返しをするつもりで。

posted by Kuhcan at 12:50| Comment(0) | 日記

2013年01月20日

おせっかい

かっこいいこと、始めました。
私が考えるかっこいいことですから、完全なる自己満足です。
それでも、かなり満足しています。
人に言うと「独善」か「迷惑」でしょうか。おせっかいという名の。

仕事や家事の合間に、どうしても気になる人へ、メールを打つことにしました。
この人、応援したいな〜と思った相手に、一方的に。
そこで熱く語ります。

昨日は、メールのない相手だったので、押しかけ訪問して3時間、その子の布団の上でゴロゴロしながら
「君はダメなやつじゃない!」って説得していました。

くじけそうな人の心が、最近なぜか気になって気になってしかたがないんです。

仕事中に、そんな人の悩みを聞くことも多い身ですが、
その時は精一杯愚痴を聞いたりなぐさめたりして帰ってきます。

でもここのところ、押しかけてでも話に行きたい相手が数人います。
そこで、もう、押しかけることにしました。
昭和の青春。もしくは偽善、もしくは迷惑。

わたしは、みんなで 健康な考え方で生きていきたいと思います。
おせっかいと言われようが、うざいといわれようが、独善的と言われようが、
こまってる人は、だれかに親切にしてもらえることがあっていいと思います。
だから、わたしは、間違ってること言うこともあるけど、愛情だけはもって、押しかけることにしたんです。

posted by Kuhcan at 18:45| Comment(0) | 日記

2013年01月18日

恩返し

 きょう、施主様の訃報が届きました。 私たちが、初めて 建てたお家のお施主さんです。

 その頃、私は末の子供を妊娠していて、出産2日前まで、「生まれるなよ!この見積もりができるまで!」なんて、やっていたのを思い出しました。
 

 当時、親戚でも近所でもないかたが お家を任せてくださるってすごいことで、
それに応えたいのに(子供がいるから) 存分には応えられない自分が情けなく、とても恥じていたなぁ。 それで、その情けなさを少しでも減らすために、必死で夜中、図面や見積もりを造っていたなぁ。

 その後、その方は新しいお家に10年も住まないで他界されました。

 私たちが作った終の棲家は、ちゃんと良かったんだろうか。

 一生懸命は作ったんです。でもそれで、ほんとに満足いただけているかどうか。
自信がなくて、いまだに思い切って訊けないわたし。
 こんなことではあかんなぁ。

 G先生、ありがとうございます。あの時の気持ちでいつまでも工事ができるようにします。
これからまずいことがあったら、先生がちょちょっと教えてくださってると思って、いっそう精進します。

 心からご冥福をお祈りいたします。
 
posted by Kuhcan at 18:21| Comment(0) | 日記

2013年01月16日

かっこいいこと

 最近、かっこいいこと考えていないと思うんですよね。

 「いい会社にするぞ!」
 「この人のために尽くすぞ!」
 「こんなことして遊んでるヒマはないぞ!」
っていうのが、私の考える かっこいいこと、なんですが。

 服とか、ランチとか、友達に合うとか、
実は私の中では「娯楽」は まったくかっこよくないので、
こうして写真にとると、「私こんなことしてて大丈夫なの!」と心配な気持ちになります。

でも、本当は、こんなものなしで湧いてくる自分になりたいの。
土見てたって、怒涛のようにインスピレーションがわいてくるのが本当の私のかっこいいことなのです。
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posted by Kuhcan at 09:50| Comment(0) | 日記