2018年02月06日

ほかの人の商品を売る

 ほかの人の商品を売るのが好きです。多分これは父譲りな性分です。


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(写真:和モダンフレンチ高橋 大垣市)


今日もUSENのシステムを「紹介してきてください」と頼まれました。
Panasonicやクリナップからも、「売ってきてください」と言われます。
自社の設計を認めてもらうのに必死なのに、わかりました!お手伝いしましょう!と言ってしまいます。

 しょうじき、こういうのは「商売人」の血というか、
「誰かが得をする」ということ自体が好きなので、誰でもいいんですよね。応援したくなる。
いじめられた人が幸せにやってるときいても、「よかったよかった」と思いますね。そもそも、人が上手くいくのがホントにうれしいんですよね。みんなが上手くいっていれば、世の中、助かることばっかりやと思います。

 余談ですがこんなこともあります。 

 たまに、人がうちの設計事務所にやってきて、
「○○という建築会社を検討していますが気に入りません。どう思いますか?」とか
「どこかにいい設計事務所はないでしょうか?」と言われることがあります。

 そういう時、
「やった、この人を私の会社になびかせるチャンスだ」と言って喜ぶとか
「うちの事務所も「設計事務所」って書いてありますよね?!字が見えないんですか?!」と怒る
人が大半だと思うのですが、

 私はこう思います。
「この人、敷地探しから設計までその会社に頼んだのに不満があるのか…。この人も担当者もかわいそう」
「他社を紹介せよとは、同業者とさえ思われていないのか…。まだまだだなぁ私も!」

 だからその人と2時間、他社のどこがいいのか?その設計士は悪くない、と説明したりする羽目になります。
そんな時、私って、ほかの会社も上手に宣伝ができるなぁ。と心の中で思っています。

 それがクーカンにとって何がいいかというと、良いことはたくさんあります。
それは私の独自の視点があるので、皆さんも考えてみてください。
 とりあえず、条件反射的に、「良いところ(救いのある方向)を見る」という癖がついてる自分が気に入っています。

 なにしろ 家づくりで一番やっていけないのは、
「人を疑うこと」「まかせきること」。
じゃぁ、一番いいのは
「人とうまくやる力」「審美眼(モノでも人でも)」
だと思います。

 クーカンのお客さんは、コーヒー1杯でうまい事私たちを使います。
私たちも、この仕事は400円では済まないなぁと思いながら、400円を400万円のように気持ちよくやります。
ああ、いいアイデアですね!とか思って。

 何でしょうかね、そこにはお金でない何かが広がっていますね。

お金のためでなく働ける瞬間がみなさんにもあると思うのですが、
その瞬間が多ければ多いほど、満ち足りた気持ちになります。

 みなさんも、自分の家や担当者が気に入らないときは、短絡的に事象を嘆かずその人を疑わず、
救いのある方向を見て、向かっていただけたらなと思います。


 私は明日、古民家再生協会の会合に行ってきます。
この協会は「未来の子供たちへつなげる建築」を目指しています。

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タグ:古民家
posted by Kuhcan at 12:54| Comment(0) | 日記

2018年01月21日

昭和28年の家

  昨日は 築58年、築64年と、旧いお家に続けてお邪魔してきました。
  
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物置でさえ風情があります。

  どちらのお施主様も、「家のあるがままに」住んでいらっしゃいます。

  家を自分好みに(時には捻じ曲げて)作り直す仕事の私には、そういう姿勢は一種の荘厳な美しさをもって迫ってきます。

  お話をしていても、畑仕事のことから戦争のことまで、全然興味が尽きません。

  リノベーションを自分のためのように考えたくなるのは、いつもこういう瞬間です。
posted by Kuhcan at 07:12| Comment(0) | 日記

2018年01月20日

和紙の畳と靴下

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洋室に置き畳を敷きたい。というので、打ち合わせをしています。

  畳表には、和紙のを使うと色が綺麗ですよ、と言ったら、「オレは和紙の糸で靴下を作ったことで、退職後独立できたんだよ!」
  と、和紙の糸を見せてくださってる瞬間です。

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↑この和紙をよって

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↑この細い糸になる。


「洋室なんだからさ、畳も斜めに敷きたいんだよな!」と言われるので、私と畳職人さんはギョッとなったのですが、この施主さんはいつもひと捻りしたデザインが好きな方です。

  楽しい方なので、いつもそのペースに乗ってやってみると、非常に面白いものができます。

  職人さんは30分もかけていろいろ提案してくれ、「難しいけどやってみる」と、さわやかに解散。1月26日にできてきます。
posted by Kuhcan at 01:30| Comment(0) | 日記

2018年01月12日

松山城

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社用で泊まったホテルから5分だったので、松山城を見てきました。

私の社用・「古民家再生」
ではありませんが、
「焼失した城を再生」して早、
この城は119年。

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こんなに立派な下駄箱部屋は初めて来ました…(笑)

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うわぁ!石と丸太が迫りくる!!

 …のに、元は米の貯蔵庫だそうです。)
セレブなホテルが真似たがりそうな一室が、米と靴置きになってる。
  昔の城がいかに巨大な存在か。

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石垣は、築城300年を超えてなおシャープで

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甍も端正な姿…。

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建物は石垣より飛び出ていて、
飛び出した部分の床は空洞。
 そこから石垣を登る敵を見て、槍で突けるようになっています。

  見れば見るほど美しさと実用性が見事に叶っていて、城シロウトの私でも、興奮してしまいます。
  すごいよ松山城!!

  豊臣秀吉がちょっとまずいと思って完成前に城主・加藤義昭を会津に追いやってしてしまったと言うのも、何となくわかる気がします。

タグ: 古材
posted by Kuhcan at 21:26| Comment(0) | 日記

2017年02月13日

イワンのばか

 昨日のオープンハウス、大好評で終えることができ、お施主、ご来場の皆様、どうもありがとうございます。
  
  今朝、生まれて初めてイワンのばかを読みました。
  トルストイはこれだけ読んでなかったのですが、43歳にも優しい文体で、しかし身につまされることがあり、良い本でした。


  私の家族は愚直に労働するタイプばかりなので、「手に物を握って働きましょう」というイワンの国の掟はしっくりくる考えでした。
  クーカンもそんなスタッフばかりなので、家が仕上がります。
 頭で働くのが賢くてスマート、どころか、ついつい現場に飛び出したくなる社長を筆頭に 私たちがなぜ3Kの職場で嬉々として働けるかといえば、トルストイいわく、「ばか」だからで、でもそんなバカばかりいるイワンの国は、人がまじめに働くため労働力と産物にあふれ、金貨はアクセサリーとして2,3個持って満足しているそうです。


 バカかもしれませんが、よく働きますので皆さんと皆さんの建てる家にとっては良いとおもいます。(笑)

  来週のオープンハウスもお楽しみに!
posted by Kuhcan at 09:17| Comment(0) | 日記

2016年07月15日

植松努さんが好き

 風がさわやかとはいえ暑いですね!車に乗っただけで眠くなります。


HP技術ページの件、ちっとも進まずすみません。

これから12月まで、現場と授業が多くて、心の余裕ができません。

もうしばらくお待ちください。


 ところで、ロケット開発の植松努さんの生講演が、先日京都で聴けました〜。

最高でした..


https://youtu.be/rCZvtAvMk1k


 松下幸之助が、商売人なのに世間のためを思って活動した事実が大好きなのですが、

この植松努さんも、自分の好きなことに続けて世のためを想える、素敵な人間性の方です。

同じ時代に生きられてラッキーです。


 私は会社を経営するにあたって、

「どんな経営者も、自分の仕事にある種狂気に近い執着を持っている」

と感じます。


 ちなみに、故The Body Shopのアニータ女史もこのような人でした。

(アニータは、失業者が雇える石鹸工場を、元炭鉱の町に作りました。)

京セラの稲盛和夫さんもソフトバンクの孫さんも、数えればきりがないですがみんなそうです。


 同世代の友人たちと、若い時代を過ごしているとき、あるグループに分かれました。

そのころ、何か執拗に「これ」といえる執着を持っている子が何人もいました。

その対象はそれぞれ違うのですが、

・持ってる子同士は自分や互いのそれを面白がり、

・まだ持っていないが自分のを見つけたい子はそれを見てうらやましがったり高く評価したりし、

・持っていないし意味が解らない子は、他人のその執着を「欲望だ」といってバカにし自分はサラッとしていようとする、

という反応に分かれました。


 もちろん持ってるほうのグループだった私はよく
「よくやるね?」とか
「かわっているね」
と言われました。
「そこまでする必要ある?」とも。

 植松努さんは、しょっちゅうそれを言われたそうです。さらに学校の先生から、
「君には無理だよ。」
「やっても無駄だよ」
「なにそれ自慢?」
とも言われたそうです。

 でも、何かのおかげで彼はその熱を持ったまま大きくなり、その熱で高く上がり、
自力でロケット開発をする身分にまでなられました。
 それを、他人事ながら、心よりうれしく思います。

 

 この湧き上がる「やってみたい!」が驕りなのかどうかが、難しいところで、

周囲に熱量の多い人たちが沢山いれば、驕りでもなんでもなく、実現への大切な一歩になります。

植松さんの爆発的な「願望力」はすごく刺激になりました。


皆さん是非 植松さんを知ってくださいね。

posted by Kuhcan at 16:03| Comment(0) | 日記

2016年03月08日

植松努さん

 植松努さんのスピーチ動画を さっき、休憩時間の大工さんに見せました。

 すごくいい話や〜とみんなでしみじみとなりました。素直なスタッフが多いので、クーカンはいいです。
 (皆さん、どうぞ見てください。何回見ても泣けるほどうれしくなる動画です。)

「わたし、作ってみたいものがあるんやけど!」といったら、
「いいですよいいですよ、作りましょう、「どーせむり」(スピーチ中に出てくるダメ言葉)とは言いませんから。」
と言われました。

 やっぱり物を作れるって幸せだな!ということで、
私は、学生の時からやってみたかった、小さな緑の、またはまるい建物を作りたいと思います。

 それは、私たちにはどうやって作るのかよくわからないのですが、
著名な建築家や大手ゼネコンなら、難なく作れるものです。

 それに、作ってみてどれくらい耐久性があるのかもわからないので、人には売れないものです。
商売にはなりませんから、今まで敬遠していました。習作を作るなんて、おカネもないのに生意気かなぁとか。

 が、植松努さんは、そういう、社会性に基づく判断ではなく、自分の心の望みを形にしていいよと言ってくれます。
私は、知恵のある人に意見を借りに行く前に、自分のチームでもって、こねこね作るということがどうしてもやってみたいので、やってみようと思います。




posted by Kuhcan at 11:20| Comment(0) | 日記

2016年02月10日

解体現場にて

「あはは、あはは!」
「あはは、あはは!」
 今日は水曜日、クーカンでは形上「事務所の休日」とされている日である。


 朝、夫とモーニングに行ったら、仲のいい友人夫妻に会った。
こんなところであえてラッキー、と朝を楽しんでいたら、携帯電話が鳴った。
4月から新築工事をする予定の施主さんからである。

 「ちょっと吉田君、今日ね、うちに(旧い家を壊すための)大きなクレーンが来ているよ!すごく大きいからちょっと見にいらっしゃい。」お施主さんはルンルンしている。男性とは、50歳を超えてもトミカの世界が好きである。
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 早速 現場に行ってみると、ちょうど解体屋さん(施主さんの友人)は休憩時間。
お施主さんと壊しかけの家の中にはいる。

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 日本家屋は、建具を全部取っ払ってしまうと本当に気持ちがいいくらい迫力がある。
北も南も東も西も、なんだかとってもスケルトンなのである。
こんなに大きな屋根を作って、わざわざ屋外のようにする国民はヨーロッパにはいない。
 かなり、自然に対してオープンなDNA なのだろう。
昆虫も、日本の男子は必ずハマる時期があるが、外国では虫の音は騒音だときく。
 そんな感慨にふけっていると、

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 「ねぇねぇ、これさ、大工さんが間違えたんだよね?」と施主さんが言う。
見れば、垂れ壁の梁に差すほぞ穴と,ほぞがあっていない。
3mを超える大開口部に、そんなミステイクがなんと4つもある。
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「大工さんが、あっ、間違えた!まぁいいや!って、このちっちゃな木で、てきとうにつないだんだよね?」
奥さん「それでうちのふすまは、みんな開かへんかったのか!」
わたし「わぁ〜すごい!大工さんのプロ意識がユルイ!」
吉田「まぁ、曲がり梁って、間違えやすいでねぇ」


 そこで一回目の「あはは、あはは!」
「こんな風に開けてみれば、よくわかるねぇ!」。

おおらかな施主さんである。

 すると、お昼頃、また電話がかかってきた。
「ねぇねぇ、おじいちゃんの入れ歯がさ、洗面所に流れちゃったから取りに来てくれない?」

 お昼ご飯に行こうとしていたので、ちょうどいいとまた2人で行くと、無事に差し歯はSトラップの底に溜まっていた。
「ありがとね〜匂うから洗うね!・・・あれ?水が出ない。」

 調べてみたら、敷地にこんこんと水が湧き出ている箇所がある。
大きな16tのクレーンだったので、お昼休みに動かした際に、敷地内の水道管がせん断されたのだろう。

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「ここで水道管が破れてますよ。うふふ」(吉田)←なぜか笑う。
「あ、そう?どこかわかればいいんやよ!」(施主さん)←そうなの?
「入れ歯のつもりが、ちょうどよかった〜」(奥さん)
「うん、よかったよかった。水道屋さんはいつ来れる?夕方?うん、いいよ、それまでに僕、やりやすいように地面掘っておくわ!」(施主さん)
「まぁ、16tでは、破れるわね!」(わたし)
「・・・」(解体屋さん)恐縮。
「君ら、お昼まだやろ?おい、どんべぇ作ったげて!」(施主さん)
「って、あんた、お水が出んのやがね!」(奥さん)

「あはは、あはは!」

 何もいいことではないし、普通の施主だったら怒ったり不安になったりするシーンであるはずとは思う。
しかし、何か事を起こせば事件が起こったり、人が作業すればミスや失敗がある。
 お施主さんは製造を生業とする人なので、そういうのは当たり前のことだと思っていらっしゃるのだろう。
 失敗が、あはは、あはは、で終わってしまってどうなるかというと、
・・・ミスをした人が救われ、許したほう笑ったほうは、何か知らないが今日の晴天のように気分がいいのである。

 
 むかし、1度だけ、自分の依頼した解体屋さんが水道管を破裂させたことがあって、その時は施主さんがご自分でご近所の水道屋さんに修理を手配なさった。慌てて駆けつけ恐縮する私に、「あんたも、こんな仕事やと、気の落ち着く日がないねぇ。」といたわるお客さん。怒られるならまだしも、同情されるのである。こういうことがあるのか?!といたく感動し、いまだによく思い出す。
(ちなみに、その水道屋さんは、補修代を尋ねる私たちに、近くだし応急処置をしただけだから、お代は要らない、といわれた。施主さんが施主さんなら、水道屋さんも水道屋さんなのであった。)

 うちの施主さんはいろんな意味でほんとにすごい人たちやな。こんな方がたにものを頼んでいただいてありがたい。親戚のように思って仕事をしているが、親戚やと思ってくださっているのはお客さんなのかもしれない。と改めて思いながら、帰ってきた。クレーム産業といわれる建築業界の中で、なんでかこんな暮らしをさせていただいている。
posted by Kuhcan at 16:10| Comment(0) | 日記

2016年02月05日

スズキの強運、宿敵の失脚を経てVWに逆転勝訴

 スズキが、2011年から「フォルクスワーゲン社からの敵対的買収」を是とせず、自社の株式買い戻しを目的としていた裁判で、勝ちました。
 それに引き換え、外国に自らを売ってしまうシャープにとても残念な思いです。
 どうも最初はスズキは分が悪かったようで、ラッキーだったという記事は何ページにもわたりましたが、わたしは、
「まじめな人がちょっとずるいことをする性格の人に勝てた」というようなニュアンスで受けました。
 正しいものが勝つとまでは言いませんが、わたしは 悪い人はそれなりの処遇を受けると思っています。フォルクスワーゲンの敗訴は、至極当たり前に感じました。また、その「あたりまえ」が通った世界に安心感を持ちました。

 ずるいということは恐ろしいことで、私はいつも、自分がずるくないかどうかを自問しています。私のような職業では、家に入りこんで仔細を眺めることができるから、その気になれば相手の弱点を見つけるなど容易なことだからです。

 自分が商売に向いていると思うのは、わたしがずるいことをしたくない人間だからです。
ずるいことというのは、人と同時に自分もだますようなところがあり、いつか人だけでなく自分自身もついた嘘におぼれていきます。見栄を張ったり高い地位につきたがることも同義です。

 最近、もっとクーカンとして高いところに行きたいと思いますが、それは「人から見て高いところ」ではなく、「自分の知的好奇心の高いところ」に行きたいのです。最近は、自分の探求心のなさを恥ずかしいと思う日々を送っています。
 ですから私の商売上の関心は、身を飾るお金を得ることではなく、自身の内実を満たせる仕事を得ることができるかどうか?それによって他人を喜ばせることができるかどうか?にあります。
 傘下のスズキを威圧して、データを改ざんする性格の社長には本当に残念としか言いようがありません。(22年の独裁経営にはピリオドを打たれたそうですが・・・。)
会社を経営すべく経営している人は、あまりいい仕事に興味がないということの証明でもある気がしています。
 話はそれましたが、スズキは、これからまた自社そのものから湧く知的好奇心をもって、車を作っていってくれることでしょう。
 横柄で横暴な欧米系の会社員にうんざりしている私としては、スズキを応援したい気持ちでいっぱいです。シャープ、いつかこの八百万の神を信じる日本に戻ってこれますように。

posted by Kuhcan at 14:26| Comment(0) | 日記

2015年08月11日

新聞を読まない

 いけないなぁと思いながら、実はこの1ヶ月ほど、新聞を読んでいません。
あっという間に溜まる新聞を読まずにゴミに出しながら、なぜ読まないのか、考えました。

 「戦争が怖いなぁ」

 と思っているんですよね。
お盆にこのことを考えるのさえ、ヘンな符丁のようで恐ろしいです。

 前NYに行ったときたまたま地震があり、ペンシルバニアの原発が停止する事件がありました。
アメリカはたいしたもので、1分その報道をしたきり、あとの2時間は「地震怖かったですね!キャハ!」というナンパな報道をし続けました。

 そのとき、これがいわゆる言語統制だなと思ったのです。それを目の当たりにして、逆に日本は、素直に報道してくれているんだ、とありがたく感じました。
 それまでは議員のうっかり発言の揚げ足を取るなど、興味本位の野卑な報道は嫌いでしたが、これも日本の言語規制がルーズなので、むしろ平和の表れなのかもしれないと思うようになりました。(相手政党の手ぐすねと考えれば怖いことですが。)

 それが、ここ3年ほど、どうも戦争の臭いがちらちらするのですよね、世の中に。
もしいざ、戦争が起こるなら、まっさきに新聞は、いろいろ書けなくなるだろうと思うと、新聞を読むことに一種の怖さを感じるようになりました。
「もしここで、丸め込まれた記事ばかりになったら、私気づいちゃうなぁ」ということです。

 私は本来字を読むのが大好きなので新聞も朝から一喜一憂しながら読むのですが、それだけ一生懸命目を通していると、自分は戦争にいち早く気づくだろう、そしたら、どうしたらいいのかわかんない。というのが正直なところです。

 戦争というものは、紐解けばいつでも誰かがやっているので、特別なことではないとわたしは思っています。アメリカがその気になったり日本の財力が尽きてお金で媚を売れなくなったりすれば、日本の平和なんてひとたまりもないのではないかと恐れています。
 自分が戦争が起きてできるのは、せいぜい戦地外へ移住することくらいでしょうか。それでも日本国籍があれば、息子達は戦場に連れ出されるのかな?と思うと暗い気持ちになります。

 こうやって、無意識に戦争を怖がっているので、とうぶん新聞が読めない気がしています。








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2015年07月30日

こども

  墨俣町というのが私の住んでいる地域なのですが、この地域には自分の子はもちろん「他人の子を可愛がる」気質がまだまだ多く残っているなぁという感じがします。
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これは、野球部63人(うち30人は大人)
で出かけたときの写真です。墨俣出身の広島カープ 石原捕手の応援に、Tシャツ揃えてバスで行きました。

  先日も、あるお母さんの誕生日、祝いの気持ちで何と子供が23人家に来たという日があります。もはや、教室の体ですし、4歳から中1まで来るという人望の厚さ。よその子が来ると家が荒れるわ〜という人には見えない人生の瞬間だと思います。

  そうしてみんながよその子を自分の子のように思うので、子供達はよくかわいがられよく面倒を見てもらい、大人の前でしっかりケンカできています。それでしっかり怒られて、のびのび大きくなっています。

  親を13年やっていると、自分ばかり見て欲しくてすぐ拗ねる親もいるにはいるのですが、そういう人は自分の子にイヤミな子育てをして子供が小さくなっているので、周囲はその子を励ましたい気持ちになり、結局大事にしてもらっています。

  さらに墨俣の野球部やバレー部には、さわやかだったり親切だったりする親しかいないという奇蹟の構成なので、子供達も私も本当に励まされ助けられています。

  マザーテレサが、地球の平和を願うなら、まず家に帰って家族を大切にしてと言われるのですが、部活のおかげで(みなさんのサポートにより)それができる自分。ありがとうございます。
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(これは、うちの子の可愛くて強い先輩達)

  私は今 長男が中2なため些細な衝突が絶えませんが、私よりお母さん達が息子を理解し私をたしなめてくれるので、安心して息子と小競り合いをしています。

  これからも、墨俣のみなさんにはお世話になります。クーカンの今の社風も、この空気感の中で生まれたのではないかなぁという気がしています
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2015年02月18日

オープンハウスの裏話

 2/14〜15、バレンタインデーにオープンハウスを行いました。
お越しくださった皆様、どうもありがとうございました。

 今回は、「リーン・ロゼ【フランスの家具】がにあうお家」をテーマにしました。
ゆったりした快適なリビングキッチンに
真っ赤なソファをバレンタインデーに向けて運び込み、
シェフ特製のドルチェやIHで作ったお菓子で、お披露目パーティをしました。
また、近日中にブログなどでご紹介します。

「お引渡し前なのに、お客様より先にキッチンを使って調理をするんですか?!」
と、準備を依頼した建築業界の皆様にはドン引きされましたが、
お施主様とそのご親族もニコニコと来場され、会場は大盛り上がりです。

そもそも、1回の使用で傷つく商品なんて取り付けていないはずだし・・・。
そもそも、試運転はどうなのさ・・・。
と思うわけで、あまりそう言うことにこだわらない二人が合わさった結果が今回のオープンハウスでした。

 いろいろな意見があるとは思いますが、今回に限っては、お施主様が「オープンハウスをやってください」とお申し出くださいました。

「いつも楽しいオープンハウスなので、私の家も あんなふうにコーディネイトされたところを見てみたい」といってくださったんですよ。うれしいお言葉です。

 そこで調子に乗って、お菓子もおおっぴらに出すことにいたしました。

 日本というのは何事も端正な国ですから、「お施主様のものを勝手に業者が使うなんて!」という業界の深いタブーがあるのですが、
たまにこういう相性の方に出会えば、タブーもパーティに変わるわけですよね。
 クーカンとお施主様は、上下のつながりでなく、家を一緒に造るパートナーとして思っていただいているんだなぁと実感しました。

 今回の企画に関しては、またご来場いただいたOBOGのみなさまからご意見も伺いたく思います。

 最後になりましたが、ご協力いただきましたお施主様、本当にありがとうございました。心からお礼申し上げます。
posted by Kuhcan at 19:02| Comment(0) | 日記

2014年08月13日

社長であること

 最近、涙ぐんで 感動したこと。
アメリカに住んでる友人(夫婦で日本人)がいるのですが、その旦那さんのお金との付き合い方です。

 彼は、マンハッタンのロックフェラーセンターで金融業界で働いている人なのですが、最近は土日も出勤しています。
権利意識の強いアメリカで、土日(=プライベート)を仕事に侵食されるのは、もっとも忌避されること。
それでも、「俺が一番わかっているから。」といって、やる気を持って出勤しています。

 年収は3000万円を軽く超えています。
そんな中、先日2000万円のボーナスが出ました。
そのご褒美として買ったものは、「マカロン」。
他には特に何一つ、余分なものは買っていないそうです。そして、従来と変わらず、スタバは高くて飲めないと言っています。

 かたや、奥さんいわく、「私がお金を使ってもお構いなし。家が欲しいねと言ったら、次の日買いに行こうか、と言ったよ。」
と、家族への出費は惜しみません。
そこで、奥さんは、「そんなことされると、むしろ使えないよね。」と笑って、無駄遣いをしていません。
この夫婦は、そんな奥さんの長年の勤労で、欲しかったアメリカの永住権を取得しました。

 彼のスーツは、マンハッタンのビジネスマンとしてはだぶだぶで、私が気になるほど。指摘したところ、
「ぼくがお金持ちに見えたってイヤミじゃないか?」と言って笑います。

 私は、そんな姿を見て、涙ぐんでしまうんですよね。嬉しいというか、いいものを見た、と言う感動で胸がいっぱいになります。

 人が、お金を持てないと苦しむ傍ら、お金を持っても苦しんでいる人をたくさん知っているから、
この夫婦の真摯で誠実な精神に、胸を打たれます。
お金から解放されるというのは、まさにこういうことを言うんじゃないでしょうか?
かれらの、生きるモチベーションはお金ではないから、なんに執念を燃やしているんだろう?と楽しく想像しています。

 私は、人にやさしい建築がやりたかったから、会社を造らざるを得ず、「社長」という呼称を得ましたが、
ときに、いいように思われ過ぎたり、(劣等感の強い人から)無駄な嫌悪を抱かれたりします。
優しくしようとすると、お金もかかるので、そんなにお金持ちな会社でもないです。

 でも信じているのは、お金や、社長の呼称は、なんの幸せも運んでこないということ。
さらに、会社が利益であふれかえったり、スタッフであふれかえったりすることが幸せだとも思いません
(とおりいっぺんの経営論には辟易しています。)

 わたしが社長になっていいと思うのは、「自分のやりたいようにやれる」と言うことに尽きます。
で、そのやりたいことが、わがままだったり、怠惰だったりすると、きちんとペナルティがやってきます。
 社長でいると、そういう因果応報がすごく素直に発生しますので、のんびりなどはしていられません。

 「自由」は、「責任」を果たした後にやってくる、と思っているのですが、
アメリカの友人が得ているのは、まさにそうやって、先に自分で世の中に与えているからです。
人種的偏見ももちろんある、周りは遊んでいるのに自分はやるべきことをやる、そういう筋の通った彼らの信念があり、
そこに物質的に困らない彼の環境が与えられている、
そういう事実に、世の中への信頼と安心がわいて、私は感動してしまうんですね。

世の中すべての人が、こういうループに入れたら幸せだなぁと思うわけです。

わたしも、「家を建てる」という執念だけで生きていますが、
この執念と言うのは素晴らしいもので、クーカンの文化を生み、喜ぶ人を輩出してくれるようになりました。
責任はいつも重たいけど、心を柔らかくして、受け止めてもちゃんとつぶれない自分を造っています。
少しは、誰かの幸せに貢献したい、と言うのは、私たちにあらかじめプログラムされているんじゃないかと思うほど、
自然にわいて出てくる感情です。これをありがたく受け止められたことが、クーカンの命綱だと思います。

最近の人の悩みを見聞きするにつれ、先に相手に求めているからだよなぁ、とちょっと冷たく見ている自分がいます。
人が自分に何をしてくれたか、罪悪感や劣等感をぬぐって、一番最初で肝心なところを見つめることができれば、
その人はどんなに励まされるか!

最近嫌なことがありましたが、こういうことに気づくいいきっかけになりました。
エネルギーを持って、一歩先に自分から泥をかぶれる、そういう人になることを誓っているこの頃です。








posted by Kuhcan at 11:30| Comment(0) | 日記

2014年06月19日

現実と仮想

今朝は 朝 現場に行ってきました。これからお施主様と打ち合わせです。

 できれば、1日に1組お打ち合わせをし、残りの半日で5件分の図面や事務作業をする、という暮らしがしたいのですが、そう簡単にスイッチが切り替わらないうえ、不測の質問や現場打ち合わせが入りまくるので、5件どころか…3件こなせたら早い方、という現実です。

 
 会社経営の方にも神経を使うと、実働時間は一体…?となっております。

 今年、いよいよ工事がいっぱいになり、1年待ちという方が慢性的に出てしまっている状況。
毎日プレッシャーが重いので、気持ちを切り替えるスイッチの性能を この夏は 高めていきたいと思います。

 そうだ!夏は私の季節!(秋生まれですが。)

 これからの方、よろしくお願いします!

 OBの皆様、温かい励ましとまなざしでいつも見守っていただきありがとうございます。
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2014年04月18日

現場のヘルメット

 ハウスメーカーの設計士をしている方の奥さんと、話をした時のこと。

「ある会社は、工事現場でヘルメットをかぶっていない人がいるんですよ!ありえないでしょう?」
と、他社を三流扱いしていました。

 もう3年くらい前のことですが、未だにスッキリしないのでよく覚えています。

 毎日、汗だくで仕事してる人に1日中ヘルメット。
 今日は一日中上を向く仕事の人に、一日中ヘルメット。
 俺って背が人一倍低いんだよね、という人にも1日中ヘルメット。

 それって、現場の人はかわいそうだと思います。
 

 
 とはいえ、現場でヘルメット、実は義務付けられているんですよ。
労働安全衛生規則の第2章「安全基準」の項に、保護帽の着用義務、というのがあります。

 規則なので、法律で決まってるほどではないのですが、 私は常々、この規則ってまったくおせっかいやと思います。

人間、生きていれば危険はつきもので、建築現場にはさらに危険がいっぱいです。
だから、ヘルメットひとつで、防げる命もあるのですが、その一瞬のために、どんだけの不快な時間を皆がすごしてることか。
 

 生理的に考えて、1日してるヘルメットへの不快感で、手元の一つやふたつは狂うくらいです。

 「ヘルメットもしてないんですよ!」と他社をバカにするハウスメーカーさんは、
はしご(脚立)の最上段と2段目には、登ってはいけないのだそうです。あぶないから。

 ・・・ほんとにホワイトカラーの人たちって、念入りな決まりだけは作るなぁと、うんざりしてしまいました。
 
 それって、人を守ってることになるのかな。

 訴訟や損害賠償のリスクに会社が備えてるだけで、作業員の気持ちがわかってない、とわたしはあくまで思います。
 そんなうちの大工さんたちのふだんの保護帽は、頭タオルやスタッツ入りの帽子だったりしています。
posted by Kuhcan at 16:02| Comment(0) | 日記

2014年01月23日

2014年もよろしくお願いします。

 本年もよろしくお願いします。

 いや〜、消費税8%を前に、どの建築業界もいそがしいですね。
ご多分に漏れず クーカンも、世間に巻き込まれて忙しいです。

  しかし、巻き込まれるってのは、大変ですね。
わたしは見た目ほどはガツガツしていないのですが、ガンガン仕事をする羽目になります。
 忙しさでブラッシュアップされて、今年もさらによい住宅をお届けしま〜す!

 …ところで。
 わたし、年末の事故で、神様に「人生に満足しているならもう死んでもいいだろう」と引導を渡されたと感じております。
(あ、わたし、自分の人生に完全に満足しています。)
 というのも、常日頃から、 クーカンはお客様もスタッフもいい人ばかりなので、「こんなに幸せなことはないな〜」と思って生きています。が、その傍らで、どうも、満足していない自分があるんですよね。

 それは、「自分ができないこと」に、まったくチャレンジしていないということ。

 言い換えれば、「人がなかなか成し遂げられないこと」と言ってもいいかもしれません。
パイオニア(開拓)する脳みそが、なんだかこの頃、死んでるなあと思うんですよね。

 思えば、クーカンを始めたころは、
「こんな感じのものできる?」→「(どうやるかわかんないけど)できます!」
「これ、間違えてない?」→「ああっ、ごめんなさい!!!」
「早く図面をだしてよ」→「わぁっ、思いつかないけど頑張ります!!!」
「仮設トイレがくさいよ!」→「わぁっすみません!!すぐ汲み取ります!」
などなど、お施主さんの些細な要求に右往左往し、それでも「やってやるぞ!」感満点で、ドキドキのし通しだったのですが、さすがにこの頃は、建築にまつわるいろんなことに慣れて、こなしてしまっています。
 

 難しいこと、大きなお金が動く仕事をやっているし、失敗ができないので、どんどん自分が「うまくやる」ことばかりがうまくなります。

 それは喜びなのかというと、意外と、あっけないもので。
あの頃渇望した「こなせる自分」は、達成してしまったら、次を探してさまよう自分を感じます。
 

 だいたい、いま海外に移住するガッツって、ないよなぁ。
原発が爆発したら、ぜったいアブダビかどこかに住もうと思ってるんですが、そんなこともないと、移住しそうにないです。

( 知らない土地で、ゼロからやってく、って、なんかもう、永遠の憧れですよね!)

 慣れないことをやると、ドーパミンが大量に出て、年を取らないらしいですよ。

 そこで今年は、 もし慣れないことを要求されたら、今年こそは、「面白そうだからやります!」と飛びつけるといいなと思います。
そして来年には、「これ、大変だけどやってみよう!」って自分で見つけてくる私になりたいなぁ、と、すごく思っています。
それは、大きな仕事でもいいし、難しい仕事でもいいです。
時間がない時間がないと、言い訳するのはもう飽きたよ!
44歳を過ぎるころには、毎日の仕事を打っちゃってでも、自分の可能性に賭けてみたいんですよね〜!!
子供がいるうちは無理なんですけどね〜!(その頃ちょうど受験生。)

 ま、そうはいっても 地に足の着いた私。
 今年もみなさまのお家の「美」を担うべく、がんばりますね!













posted by Kuhcan at 18:03| Comment(0) | 日記

2013年12月20日

ブレーキ

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 おとといの夜 雨の坂道で 車に乗っていて、ブレーキが利かなくなる事故にあいました。
ブレーキが坂道で効かないなんて、映画でよく見ることですが、恐ろしい思いをしました。

 おかげさまで、自分には傷一つなく、ぴんぴんしております。

 長い山道を降りてきたので、ブレーキパットが悪かったんでないかとか、
タイヤがつるつるになってしまってたんでないかとか、
スピードがあったのに急ブレーキをかけんでないかとか、
あの道は普段からスリッピーだからでないかとか。

 理由はなんにせよ、毎日相棒のように乗ってる車で、ブレーキが効かないなんて、ウソのようでした。

 前に信号待ちをしている2〜3台に、後ろから玉突き事故を起こしかけたのですが、
うまいことその車たちに平行に、かつ、山にぶつけて止めたせいで、自分だけの事故で済みました。

 ・・・にしても。
 
 人にぶつからないように、とばかり思ってスリップして坂を下って行った自分のことを衝撃的に思い出します。
「人に迷惑をかけずに助かるには?!」と想いながら、ハンドルを切った自分。
 

 
 たまたま計画がうまくいったけど、はっきり言って、あの時死んでたのかもしれないなぁと思うのです。

 そして、あの時死んでたら…と考えたら、とっさに思ったことが、
「あんなのは、しゃあないな」と、あっさり諦めたように思いました。

 それが今、ショックなんですよね。

 ふつう、「今こんなとこで死ぬわけにはいかない!」と思うと思うんですよ。
私はどういう料簡で、そんなふうにあっさり納得するんでしょうか。

 それって、私は自分の暮らしに、満足しきってしまってるってことじゃないかなぁと思うと、はじめて涙が出ました。
こんな若いのに、死んでも仕方ないと思うなんて…情けない。生きる気力が足りないよ。

 確かに今まで、クーカンが成功するように一生懸命生きてきて、目標もあったし願いもあったし責任もある立場なのですが、
そういう自分に満足して、40の身空で「今死んでもいい」って思えるって、なんかものすごいさみしいことなんだって、判りました。

 安藤忠雄さんの講演で、自分に足りないものを感じていたのですが、
自分には、「ばくちをうつ」というか、「苦しいけどやってみる」っていう覚悟がないなって。
世の中にイノベーションを起こすために苦労した人は別物って、言っちゃってた自分が悲しい。

 今・・・猪瀬前知事が苦境に立ってるけど、ああいう風に上行ったり下行ったりしてるのが、しょせんいい人生なんですよ。
人間は苦しいときもあるよ。その代わり、夢のように幸せな時もあるし。

 わたしは失敗しないためばかりの、ヘンに保険かけたような道を歩いてるから、
今回の事故は、神様に引導を渡されかけたんじゃないかなって思うんです。
 

 もう一回、自分の夢って、自分の願いってなんやろうって、真剣に見つめてみようと思います。

 今度死ぬときは、人の踏んでない道を、見つけていたい。
そしてそこを歩きながら、オレ流に、道半ばで倒れてやろうと思います。
posted by Kuhcan at 21:20| Comment(0) | 日記

2013年07月17日

苔が好きです

暑いですね。

でも今日水曜日は、定休日。
事務所に一人なので、エアコンをケチって一人で汗かいています。
一人で仕事すると、わがままにやれるので、好きです。
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デスクトップを、苔の手水桶にし、
バックミュージックを 小原節にし、
気分は夏です。
昭和20年くらいの。
ああ、楽しい。

posted by Kuhcan at 14:55| Comment(0) | 日記

2013年07月06日

しらける時の心理

「働きマン」という私の好きな漫画の中で、かなり好きなフレーズがあります。
若手の部下が生意気な態度をとった時、先輩である主人公・ヒロ子が思う

「ダメだ!間違っているところが多すぎて、どこから怒っていいかわからん!」

というくだりです。

 会社アルアルというのでしょうか。

 
 わたしは、そういうことをお客様や部下にやられても、ちっとも痛くもかゆくもないのですが、仲のいい友人にされると、とたんに許せん、ということがあります。

 そのマンガ、その後も、新人にダメだししたくて、我慢しているとき主人公が、
「あいつを怒れって?ヤだよ、あいつにそんな手間かける愛情ないもん、○○ちゃん、怒ってよ。」

というシーンがあります。

 一見、上から目線なのですが、あるよね〜。

 会社だと、「こら〜!お前は自分をなんと心得とるのか!」と怒れるのですが、
友人にやられちゃうと、ここは、友好関係というのは平たんな関係なので、上から目線で怒れない。

 
 部下や他人になら湧く「この人を助けてやろう」という気持ちがなくなるのは、自分が介入する権利がないからですね。
助言するのがおこがましいので、早めの投了を言い出す、という心理なのかな。
 

 もしそうなら、冷たい私ですね。
まだまだ修行が足りません。その人の成長を、助ける気にも見守る気にもなれないのは、あまりいいことでない気がします。
 

 
 もう一人の、25年来の友達が、再会を祝って、すてきなお花をくれました。
この子とのように、ゆるやかに、分かり合えるというのは、なかなか貴重な関係なのだなとかみしめています。

posted by Kuhcan at 22:00| Comment(0) | 日記

2013年04月29日

建築界の 維新時代

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小山健さんがかいてくださったこの漫画。
ホンっと、この通りなんですよ、クーカンがこういう集団になった理由は。

 当時若造だったので、「おいおい、そんな自分の言い分ばっかり主張して、きみらは政治家かよ!」と腹をたてつつ、わたしは何も言えませんでした。
 やる気のない大工さんや、人をなめてる設計士の建てた家は、そりゃーもう、「欠陥住宅」でございました。人が、「夢のマイホーム」と言ってやまぬ、夢とお金をこのように踏みにじるなんて、まさかの現実。うそやろ?!ウソであってくれ!と思いましたが、現実。

 当時の私は、1年で顔にひどいクマができました。
 それはひとえに、社会正義に反する仕事で のうのうとお金をもらうことへの罪悪感だったわけです。
 若かったので、海へ山へショッピングへと、気分転換をはかりましたが、会社に行く時間には自分が情けなくて泣ける、という朝が続き、退社しました。

 毎朝、鏡が、「漢(おとこ)は自分の顔に責任を持て!」とささやいてきたものです。

 あのとき、退社してよかったなぁ。

 建築リフォーム業界の悪も見られてよかったなぁ。

 私が見た、っていうところに、世の救いがあるなぁ。と、僭越ながら思うわけです。

 ときどき、近隣の「好きな設計事務所や工務店」をお客さんに披露しては、「それって敵じゃないの?」と驚かれるのですが、いい仕事してらっしゃるところは、人を大切にしている、とてもいい会社ですから、一緒に頑張ろう、くらいの気持ちがあります。

 わたしにとって敵とは、お客さんの希望とお金を食いつぶす、下手な大工です。金と営業至上主義の建築会社とか。
 好きな工務店は、とても性格のいいかたや、設計の好きな方たちがやっておられるところです。いい仕事してらっしゃるのを見ると、自分もああなりたいなぁ、と畏敬の念こそわき、これでまた、誰かが救われたと思えるので、安心できます。

 
 表立って、おたがい言わないけど、それらの会社は、みんな、私のようにお互いを同志くらいに思っているんじゃないかしら。

 これが、建築界の明治維新みたいな感じで、いい感じなんですよね。
 いま、建築士が流行ってて、ありがたいことだと思います。
 もう一度、営業至上主義の魔の手から、住宅を救い出そうぜ!
posted by Kuhcan at 00:00| Comment(0) | 日記