伝統、というのは、どういう条件かなぁと考えてみました。
・ 歴史的存在感がある。
・ または、個々の集団が個別の価値観をもっていること。
だそうです。
なんでこんなことを考えたのかというと、和室をカジュアルに作れ、造れと言わることがきっかけです。
日本の伝統、和室。
これが、けっこう激しく、伝統を忘れて作られているなぁと思うのです。
和室と言えば、
「畳の部屋」というのが、一般の人のイメージみたいですね。現代では、「お客様があった時 布団を敷く部屋(お茶を出す部屋、でさえない。)」という程度にしか思われていないことが多いです。
だから、使わないから、要らない、と言われるのです。
もしくは、お金をかけないでほしいと言われます。
「年寄りの部屋」と思われるのか、おしゃれな方ほど「嫌い」とおっしゃいます。
でも伝統的な意味での和室って、
「格式と品、財と見栄を終結させたおもてなしの部屋」なんですよね。
家人でさえ ようようとは入っていけない、ピリッとした位置づけの部屋だと思います。
とくに現代のように、和室一間〜二間程度なら、なおさらです。
ただ、おもてなしの部屋としてなら、今は「応接間」を使うわけです。
ありましたでしょう、誰も入らないけどビニールっぽいソファと石調のメラミン樹脂が張ってある赤い木のテーブルがある、あの埃っぽい部屋…。
だから、和室は、応接間にとってかわられてしまい、「布団を敷く部屋」として、格下げになってしまったわけです。
しかし、さらに現代では…。
その「応接間」もなくなってしまいました。
原因は「キッチンなら暖かいけど、応接間は寒い(暑い)。」からです。
わざわざ何時間も前にお部屋をあっためて、生活感のない和室や応接間に人を通さずとも、
すぐにお茶も出せて一番明るいところにある、リビングキッチンにご案内すればいいじゃないの、ということになってしまいました。
これが、いわゆる「歴史の変遷」だなぁと、しみじみ思うわけです。
和室は、材料を吟味し、組み合わせれば、美しく張りのある空間になります。
使わない部屋だから家に品位が生まれます。
しかし現実には、2千万円そこそこで家を建てると、和室の材料費(柱1本10万円とか。)が、やたら高くつく気になるわけですよね。
だから私も無理には奨めません。
そうやって、まぁ適当に、洋室くらいの値段でできる程度でいいです、という和室を造ると、
安っぽいラミネート天井に赤いような欅の床の間が出現する羽目になり、(それでも洋室よりはてもお金もかかっている。)
「ほら〜、だから和室はいらないんだよね、美的によろしくないわ。」ということになっています。
(なので、クーカンでは私が沽券にかけて出資して、少なくとも白木では仕上げるようにしていますが。)
だから、「簡単な和室を造ってください」と言われるのがかなりきらいです。
自分が日本の伝統と、お金と、家のセンスを冒とくしているような気持になります。
ここでお願いですが、これを読まれたお施主様は、どうか和室についてもう一度お考えをいただき、
・悪あがきな和室なら畳断ちしてでも、和室を造らない。もしくは、
・畳コーナーでいいことにする。
そしてもし造るなら、
・和室に興味を持って、ある程度の予算も組んでいただく。
ことをお奨めしたく思います。
わたしほんとうに、和室をしつらえることは、クロスやカーテンを選ぶ以上に、大切なことだと思うんですよ。
和室だって洋室だって、しょせんただの部屋だろ、って考え方ではなくて、
伝統を知り、取り入れることによって、家とともに人生も深くなるような気がいたします。
2014年02月09日
家の品格〜和室と応接間〜
タグ:家づくりについて
posted by Kuhcan at 14:40| Comment(3)
| お知らせ
京都奈良の住宅になじんでから岐阜に帰ってきたときは、何とも言えない危機感を感じました。岐阜の和室の流れは、もともと田舎風センスなのが、何百年もかけてカジュアルになって、きらわれてしまってる気がします。
なんでもセンスは大切ですよね。モノが時代を経た時、古臭い、と、風格がある、の2つのベクトルに分かれるすると、センスがないと、嫌われる方になってしまうからです。
「まぁ何でも、お施主さんがいいほうがいいわ」
という、一見親切でいて実は安易な考え方をしてきたのですが、和室に関してだけは、言いたくないなと思っています。
NHKの趣味Do楽で2〜3月は裏千家(茶の湯)特集。今回は 茶室の紹介も時間をかけてやる日があります。ぜひご覧になってください。
吉田流和室、まだまだ基本の基の位置にも立っていないですが、「適当」ではなく、「エスプリ」として、おしゃれに考えていきたく思います。応援コメント、本当にうれしく頂戴いたします。