2018年08月06日

やっちゃんとのお別れ

  今年に入って毎日ブログを更新しようと思っていたのですが、最近文章が書けない日が続いていました。
  平塚家具の専務である平塚康則(やっちゃん)が7月12日、急逝しました。私の叔父にあたります。
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  父が16歳、おじのやっちゃんが14歳の時、祖父が病死しました。それ以来、平塚の本家の援助を受けながら2人兄弟でやってきたのが平塚家具です。
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(↑これはおばあちゃん)

  正直言って、仕事はやってはいるのですが、気持ちのずーっと奥の方で何かがコロンととれてしまっています。

  今私の長男が16歳。娘が14歳。
この年齢の2人がこれから商売を始めて今までやってきたのかと思うと、イメージがさっぱりわきません。

  叔父は、明るい親切な人でした。境遇のため、仕事をするのが当たり前で、家具のメーカーさんやお客様からとても好かれていました。お客様から「専務がいないなら、今日は帰ってくわ」と言われて慌てて要件を聞くのですが、いいわいいわと帰っていかれるのが常でした。私もそういう店員になりたいなぁとずっと思っていました。

  小さい頃配達のトラックに乗せてもらい、いつも遠くまで連れて行ってもらいました。「ぴょん子とガブンチョ」と言うウサギとカエルの話を聞かせてくれました。トラックの真っ暗なガラスの向こうに、アイスクリーム山に登る2匹の姿をしっかり見てゲラゲラ笑っていた覚えがあります。次の日になると何がそんなにおかしかったのかわからず、もう一度連れて行ってと何度もせがみました。

  仕事をするようになっても、専務のひょうひょうとした仕事の仕方が大好きでした。お怒りの電話をもらってさえ、「この人、良い人なの。困ってみえる」と電話を切りながらすぐお宅まで走っていっていました。基本的に人を信じているのに過剰な期待をしない自助の人でしたので、私は本当にいい姿勢を教えてもらったと思っています。専務の前ではクレームはクレームでないようにさえ見えました。

  葬儀の時、娘たちが山のような家族写真を持ってきて驚きました。会社やお客様を家族と思っていたのかと思いきや、家族のこともほんとに大切にしていてたくさんの写真がありました。
  名勝、アットホームなもの、全てに朗らかで屈託のない叔父が写っていました。

  叔父が亡くなってもうすぐ1カ月が立とうとしていますが、いまだに1週間に2度ほど仕事ができなくなる瞬間があります。最後に出会ったのは私の夫でした。深夜2時ごろ「遅くまでご苦労様」と会いにきました。
  私は、専務ができることは全部できるようになりたいと思って仕事をしてきましたので、専務がその時私たちに引導を渡しに来たのだと思っています。
  こんなに急に亡くなって、今でも会社のことを心配してくれているだろう叔父に、大丈夫ですよ。もう私たちがなんでもできるからね。専務の跡は私が継いでいるからね。と心で言っています。

  誰か困った人を、いつもの愛嬌でクスッと笑わせて、誰かのために今もお空で元気でいて欲しいなぁと、祈っております。
posted by Kuhcan at 11:31| 日記