2018年05月11日

破綻する建築会社は

  東海地区で、昨年2件のオシャレ建築会社が破綻しました。
  1件は何事もなかった(というより勢力を増したように)今も同ブランド名で営業を続けています。

  わたしの実家の稼業である家具販売業も、ここ20年で岐阜エリアの数が激減し、言うなればひとり生き残ったような状態になっています。

  あの会社この会社がつぶれて、自分が生き残るとは想像していなかったので、驚いています。
  生き残ったことにではなく、相手が倒産していくことに…。

  なぜこんなことになったかといえば、私たちは自分の仕事が、仕事すること自体も職種自体も経営も大好きなままやっていて、その点で他社は、そのうちのどれかを「めんどうくさい」と思ってしまったんだろうと思うんです。

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  昔23歳、平塚家具に入ったばかりの頃、大阪から岐阜に戻っていた私は父母に「もっとああしたら、こうしたら」と会社の方向性に意見をしていました。

  すると母は決まってこう言いました
「私たちにはこれくらいがちょうどいい。これ以上を望んだら危ない経営になる。」
  また、父は「調子にのるな。商売は水もんや。今日金があっても明日には貧乏や。」と毎日言っていました。
 
  まだバブルの名残で拡大経営から頭が離れない経営者が多い中、小さく望んだ母に疑問を持ったのが、いまの私につながっています。その後、会社は父と自分は分けて設立し、母の言うことは本当か?と試し続けている日々です。

  そんな中、派手に大きく急成長したオシャレ建築会社が破綻していくのは、かなり私の疑問の答えになっています。

  岐阜県はもちろんたくさんのオシャレ建築会社があるのですが、私が昔から好きな建築会社はもちろん無くなっていません。お施主様目線で、丁寧にシャープな家を作ります。

   倒産した2社は、「顧客が目を引くようなヴィジュアル、でもプロから見ると小手先」と言う共通項がありました。また、「東京」「都心」好きという見栄っ張りなところがありました。

  どこかで顧客や建築をバカにして、「この人にために働く」という商売の原点を見失ってしまったのではないかな?と思います。商売をお金のためや虚栄心でやった結果だと受け止めています。

  それにひきかえ、その他優良工務店は、建築への愛情や目の前の小さなことを大事にしている会社ばかりです。
ハッタリで自社をデコりよく見せることはしません。

  小さい器でもいい仕事をしたい。大きくなるのはそれが積み重なった時だ。

  わたしもいつもそう思って、夢と希望を持ちながら地味な仕事をしています。周りの素晴らしい経営者の皆さんの経営取り組みに感動して、たまに自分の小ささが情けなくなることも多いんですけど!

  今日もがんばります。建築の仕事は楽しいです。
  

posted by Kuhcan at 06:28| 日記