2019年08月21日

まさかの大阪芸術大学

4E2D0843-F69C-4538-8CBA-22665241BACB.jpeg
(↑芸術大学の学生さんの作品) 

  1993年、私が新入社員の頃、中途採用で入ってきた一級建築士の女の子がいました。飄々とした感じなのですが、かなりおしゃれで、良い意味でインテリ感がなく、大学を聞いたら大阪芸術大学だと言われました。
 「芸大(オシャレ)で一級建築士(賢い)なんてすごいね!」と非常に感心しで大好きだった同僚です。

  そして時を経て 2019年 8月15日。
私は建築会社を経営するようになり、お盆の台風の朝、自分の息子の将来を憂いたブログを書かせていただきました。

その同じ日の夕方。

「俺、大阪芸術大学建築学科が受かった〜!」

  と息子が、玄関に入る私を2Fから大声で呼び止めました。

  正直、息子の勉強しない雰囲気を見ていて「世の中なめてるな。落ちればいいのに」位思っていたので、本当にびっくりです。

  聞けば、AO入試とやらで、「大学と学生相互が納得しあって」入学が許されるようで、二日間の体験入学で作った模型が評価され合格に至ったようです。

  確かに息子は、勉強はできませんが、立体にセンスはむちゃくちゃあるんです。ただ私としては、建築は芸術であると同時に、数字的な知識も絶対必要だと思っていて、勉強しない息子を冷めた目で見ていました。

  どうやらそれでも大阪芸大は、その息子の造形センスを認めてくださったようです。

  ありがとうございます。

  試験後は、「積んだ。完全に才能のレベチ。行こうとする大学間違えた」と息子が言っていたので、諦めてました。

  思えば、633で12年の間、息子の造形を褒めてくださった先生はごくわずか。細かいルールに従わない、 90点を取ったり10点を取ったりする姿を不真面目と思われ、先生に媚びない姿をそのまま受け止められ、成績は悪いままでした。

  とは言え、学校評価が全てではないので、親としては特に学校での処世を促すこともなく、「友達を大事にして部活は真面目にやるように」とだけ言っていました。そこで息子は22キロもかかる試合会場まで夏でも自分で自転車で行っていました。そこは立派だったと思います。

  けれど、造形部分を補強してくれる世界は岐阜の田舎にはありませんでした。 「勉強(暗記)」か「体力」だけが学校での学習で、いつでもその中での横並びを求められました。

  それが、何の美術作品も受賞経歴もない息子に、数回の体験入学で、「うちの大学で勉強しなさい」と言ってくださった大学には本当に感謝です。 私たちは、造形の勉強したことがないので、アバンギャルドな考え方を教えることができません。1つ壁を突破したなと思っています。

  高校の担任の先生には「キミ程度の成績の人間がどうしてそんな無謀な大学を受けるんだ」といわれました。帰りの車で、2人で「先生って夢をみないんやね」と笑いあったのを覚えています。

  が、そんな外野に惑わされず、少しのチャンスでも、信じて、つかんで、認められてよかった。何かを創りたいという「強烈な願望」が息子にあったからで、それが数回の出会いで大学に伝わったことに感謝の念は堪えません。

  芸術大学。私も憧れるそんな場所で、青木淳さんや妹島和代さん、谷尻誠さんが講師を務める大学で、何を学んでくるんでしょうか。

  草太郎おめでとう。
  この一瞬の成功に溺れず、これからこそ謙虚に真摯に、才能を磨いていってほしいと思います。
3F292912-95A1-40F2-AA34-0703025E022C.jpeg
(弟の友達の朝日と。)
posted by Kuhcan at 02:08| 日記