2019年06月30日

タイの豊かさと日本


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3日間、25年ぶりのタイに行ってきました。現地で2日だけ、マッサージにかかり倒す目的です。

とはいえ今回は、「安上がりな休息」をテーマにしたので、ホテルは一流ですが交通手段は電車を使いました。


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そしたら、乗り継いだ都会的な電車の終点から、ホテルまで、水上シャトル船が20分に1本出ていました。

二人で乗ってきて、一人は運転、一人は乗降客のサポートをするためあいさつをしながら立っていました。

ホテルから出かけるたび何度のっても、チャオプラヤー川10分の旅は無料でした。

民間のホテルが67社ほど、そのような船着き場と船を持っていました。

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また、ミッションスクール周辺のごみごみした街角では、

狭い歩道に子供向けに出した屋台でさらにごみごみし、

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子どもが歩いて渡りたくなる位置では、信号ではなく真っ黒に日焼けしたポリスが手旗信号でした。

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  空港のマッサージ店では、ゆったりした一人がけの椅子に寝かされ、

1時間たっぷり、施術師は腰をかがめながら、客には心地よくマッサージをしてくれました。


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  正直、先進国として、タイでは働き方改革は全く進んでいません。

  公共の利権と民間企業の利権の境界もあいまいな気がします。

しかし「効率を重視しない豊かさ」「仕切りきらない豊かさ」を感じました。日本はこれでよかったのか?と正直思いました。


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労働はみじめで辛いモノだと言わんばかりの日本に比べ、こういう原始的な労働が残っているタイ。

  みんながみんな、「スマート」ではないのですから、こういうシンプルな働き方は、ほんとうなら当たり前です。効率が悪いのもいいんです。機械じゃなくても、いいと思うんです。

 でも今の日本では、スマートな働き方があまりに尊重されています。人がいないから機械で補ったら、シンプルな人のいくところがなくなってしまった。その行き場のない人の悲しさをいつも感じています。

  でも私たちは動物である以上、手と体を動かして太陽や雨にさらされて働くことは、絶対大事です。


 タイで、私たちが近ごろ邪悪視している「空き家」ふうなボロボロ住宅群を眺めながら、

  私たちスマートな社会でないこの国は、まだまだ、まだまだ未来がいっぱいで、どんな風にでもなれるなと感じました。

  日本とは違う個性で歩んでいっていただきたいものだと、心から願いました。

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posted by Kuhcan at 09:09| 日記

2019年06月22日

西精工の社長さま

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  私が5月、憧れて自分の会社に導入した朝礼があります。
  そのご本家と本日お会いすることができました。
  徳島の西精工・西社長です。

  「社員が大好きなんです。徳島が大好きなんです。」から始まり、3次会では
  「会社を良くしようと思ってないんです。
  徳島を良くしたい。
  日本を良くしたい。
  だから、自分はまだまだだと思うけれども、参考になるならと講師を引き受けて回っているんです。」

  世の中には偉大な社長がたくさんあって、天才的な才能お持ちの上に、徳の篤い人格の方ばかり、最後は5-6人がお集まりになってお話になっているところに、ただ座っていました。

   45年生きてきて自分はこうモノを知らないかと呆れ返った午後でしだとうた。いつかちゃんと形にしてご恩返しできるのかしら。

  午後のあの席に座っていらっしゃった方々には「なんで疑問形なの、やると決めればいいだろ」と怒られるなぁと思い、それでもまだまだ自分に疑念が拭えない、夜です。
posted by Kuhcan at 23:18| 日記

2019年06月11日

サロンのある家1

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  グランドピアノがある家が完成しました。天井を高くしたので、グランドピアノがちょうどいい大きさでおけました。
  今回は施主様が、設計からインテリア、果てはお風呂の向きまで大いに参画して下さったので、ご要望をたくさん盛り込んでの完成です。

北欧・ヨツールのストーブも入っています。
  
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奥に見えているのは、お施主様のコレクションボード。壁に埋めました。

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ピアノ脇にはブラケット照明と飾り棚。

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最近進化したエコカラットプラス。イタリアンタイルに劣らないいい感じの色肌です。

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  家具が入る前はこんな感じです。
施行中は、工事の人達が口々に「広すぎる」といいましたが、インテリアが入ったら「ちょっと狭いくらい!」に変わりました。そういうことは、図面で百も承知でしたが、お施主様ご自身も、きっと緊張しておられたので、全体が収まった時に「ホッ」とされたのではないでしょうか。


 無い物を想像して作るって難しいのですが、正直たくさん建てたり見たりしているので、自分達はある程度わかっています。ただ最近はそういった「人がどう感じるか」が一番の難所です。周りがあまりに同じこと(ネガティブなこと)をいうと、大概の人は不安になってきます。クロスやタイルの配色一つにしても、随分ご心配をいただいていたそうです。特にこういった大きなおうちでは、普通の人とはあまり見たことがなく、感覚もずれていれば半分妬みもあるのでなおさらです。

  こ図面やイメージでは捉えきれない、「空間」を感じる家が作りたいという思いで、弊社は空間建築工房という名を自社に掲げています。
  これからも、そんな途中のネガティブを振り切って、完成のベールを剥がした時「あっ」と気持ちよく感じられる、ちょうどいい家を作っていきたいなと思います。
posted by Kuhcan at 08:27| インテリア施工例

2019年06月03日

かなつぎ(矩継)という技術

  鉄骨の店舗に、つっかい棒的な支持柱が必要になったのですが、
そんなに長い柱を頼む時間がないので、「柱のかな継ぎ」をしました。
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これは古民家によく使うやり方で、腐った柱をすげ替える代わりに、丈夫なところまで切って、新しい木を継ぐんですね。

  精度が必要なのと、どうしても手刻みなので、最近の、パンパンパンと立てていく大工さんではできない人もあります。
(この写真は、ちょっと雑なやり方かもしれません。ちょっとしたつっかい棒的な位置づけなので雑なのですが、もし本気で荷重のかかる柱だともっとみっちりやります。)

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こんな感じでつっかい棒になっています。
posted by Kuhcan at 19:47| インテリア施工例

2019年06月02日

世間の裁断は神の裁断


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 今日、私とは若干外れたところで、あることがあったので、しみじみと考えています。

  そこで、松下幸之助のこの言葉を思い出しました。

「世間の裁断(決定)は神の裁断」


。。。。。。

  世間とは鏡のごときものである、

いいかえれば神のごときものであり、

その裁断は神の裁断であると思うんであります。

  そうでありますから、もし自分が誤ったことをしなかったら、必ず世間はこれを認めてくれるにちがいない。


  実際は、自分がいくら誤りのない正しいことをやっても、世間に見る目がなかったらあきませんわ。しかし一人一人ピックアップすると、見る目がない、あてにならんという人もありますけれども、広い世間をおしなべて考えてみますと、世間は神のごとき裁断を常に下している。何が正しいかということに答えているんです。

 

 もし自分のすることに誤りがなければ、必ず世間はこれを受け入れてくれるにちがいない。“私”の心なくして、これは社会のためになり、事業としてやらんならんことである、と思って進めるものは、必ず認めてくださるのが世間であります。だから心配ない。世間は暴君ではない。世間は非常に賢明である。だからやってよろしいというように、自分に安心感ができるんであります。それで私はどんどん仕事をやってきたんです。

『松下幸之助発言集11』(1962)

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  この子たちの親は全然性格が違っていて、物事1つを捉えるにも少しずつずれていくのですが、全員揃うと、そのズレが結果的に円を描いて行き、そこに包容力が生まれます。
  私は、この自分の予想のつかないズレた線が結果的に○を作る事に、いつも感心し、今日も感心しました。
  
  この危ういバランスで○を描ける奇跡の関係(いつまで続くのかは分かりませんが)、すごい経験だなと思っています。

  自分が正しいと思うやり方だけで世界は回りません。それでも結果的にうまくいったときに、このメンバーの絶妙さと幸之助の言葉がいつも心に起こってきて、世の中に対する信頼と愛情、そして小さな自分への戒めを、私に教えてくれます。
posted by Kuhcan at 01:31| 日記