2019年05月04日

瓦はわたしの滑り台だった

C1EA9D3A-77DF-431D-8AD7-33F4EB7C48CA.jpeg
GWだ!のんびり仕事できる!
と言うことで、古民家の耐震診断と鑑定に来ています。
  ぴったり今年で築50年のお屋敷。年代としては新しいのですが屋根は京呂組で礎石造りのいわゆる古民家です。

  持ち主様は、住処としては1周したこのおうちを壊してしまうとおっしゃったのですが、あまりにもったいないので、リノベーションで住んでくださいとお願いし、解体は免れました。

  また、この持ち主様は、新しいことや業界のためになることを手助けしてくださるのが大好きな方なので、本日鑑定に至った次第です。  
5FC9E7B8-CA28-4A21-8A7E-A25A96C15BC2.jpeg
  とりあえず、ほとんど雨漏りや壁のヒビもロクにない内部を鑑定してから、屋根に登ってみました。
  家紋入りの立派な鬼瓦。

  この鬼瓦って、一つ一つ鬼師という細工師さんが粘土で型を作り、その型を焼いて、そこに瓦の材料を入れて焼き上がるってご存知でしたか?
  このように立派な家紋入りの鬼瓦を見たり降り棟の先っぽの可愛い鳩なんかを見ていると、この家に飽きたので壊すなんて残酷なことに加担しなくて済んでよかったなって、しみじみ思うんですよね。古民家再生協会に出会っていてほんとによかったです。  
EDDAEAA6-7C6D-419E-9052-FB53E0E45F1C.jpeg
まさに五月晴れの空の下、屋根に登っていると「いーらーかーのなぁみぃとー  くぅーもぉのーなーみー♫」と歌ってしまいます。風景が歌になってるってすごく素敵ですね。古い歌なのに今も歌えるってこともなんだかノスタルジー。

 いくつになっても屋根に登るのは楽しいひと時です。子供の頃、楽しく滑り台にして遊んでいたのを思い出しました。
  今から考えれば、絶対やらないんですけど。親にも散々怒られたのに止められませんでした。あそこで落ちなかったのは、瓦の神様がまぁあんたならいいんじゃないと言って生かしてもらったに違いありません(笑)  結構な長さをすごい勢いで滑ってたはずなんですけど、落ちるとは微塵も思わなかったんですよね。
 
  そんなわけで今年の紅白は「瓦の神様」で、出場しましょうかねぇ。トイレなんかよりよほどいい唄ができると思うんですけど、いかがでしょうか。聴いてくれるの古民家再生協会の人だけかなぁ。

  って、鑑定のこと全然描かずに終わるブログです。
posted by Kuhcan at 22:39| 古民家再生協会

2019年05月03日

明治の文人や皇族が訪れた旅館〜千歳楼

24886C43-3EFE-4FC2-B2A1-9C9DC5AB5AF6.jpeg
  10月に行う愛知岐阜三重静岡の中部地区大会とは、全部で30人以上のプロで行う古民家の大勉強会です。

  今年は岐阜第二支部の、つまりわたしの仕切りですので、候補地として養老の千歳楼が挙がりました。

DE21FAEA-7F9D-473E-8B6E-A2B9A5E27DF6.jpeg
  お山にそびえ立つ造り。宿泊客の車のナンバープレートは、練馬、浜松、京都…。都会の喧騒とは無縁の山の上の楼閣です。

7737D58D-543E-4C2A-AC24-4E83DA7D72DD.jpeg
  二階の大広間には、有栖川さまや明治維新の立役者の書。
4E0DABD7-2EC3-4CA4-8B47-CBB6580F581E.jpeg
  志賀直哉も逗留した部屋にも宿泊できます。

67A772D2-BFE0-4C45-8E2D-4A14BC3D5366.jpeg
 ホールもこんな風に、養老の竹林を模したガラス窓から市街地を見下ろせる素晴らしい造り。

  ただいかんせん古いので、「リノベーションしたい」衝動に駆られます。2Fの床の間なんて、写真右の柱が落ちてしまい天井がウエーブ状に見える…。

  明治・大正・昭和で ある意味建物の手入れが止まっているこの旅館。平成を通り越して、令和になったわけですが、デザインが一周以上まわって、珍しい建物は建物なんですよ。
  使ってある大理石は国産、しかも石目が整っていて美しいですし。

  それでも「会議はともかく、治したい!このままフカフカに柔らかくなっていくこの建物を保存したい!」という事!!

  岐阜の第一支部長・大下さんが、「これはなんとかせんといかん!」と半ば怒りながら飛騨に帰っていかれました。

  さあ、支部長にそう言われては内閣官房の名を拝した井上幸一顧問に電話をかける時でしょうかね?メンテナンスをする費用、業者、支援者、オーナーの理解とやる気と審美眼。どうやってやっていくか相談してみます。

  第二支部の努力目標ががまた一つ生まれた本日でした。
C486DF03-767C-4DB9-891D-33732F0D0457.jpeg
posted by Kuhcan at 21:18| 古民家再生協会

2019年05月02日

古川為三郎記念館が美しすぎる

FCB9979B-0358-4E2E-BE58-C8E603ED005E.jpeg
  令和元年を祝おうと!
古川為三郎記念館を経験してきました。今名古屋城の二の丸庭園を手がけておられる先生からお聞きして以来、行ってみたいと1年以上温めていた場所です。
569A7F49-3A91-4897-A4C9-2977FB2B5954.jpeg
 端午の節句ですからこいのぼり屋根に菖蒲が。
  端午の節句は、菖蒲の節句とも呼ばれているのですが、これは田植えの疲労で5月に体調を崩す女性が多かったので、匂いの強い菖蒲を魔除けの意味で掲げる風習です。

  雨の降っている日でしたが、傘もささずに見上げてよかった。
  古民家風カフェなどがたくさんある昨今ですが、本当にこういったゆかしい文化を伝えている記念館は稀かと思います。もはやこれだけで興奮です。

F22A6238-168F-489A-8991-4B2422E8D8E8.jpeg
玄関・取り次の間には、青竹を模したガラス細工の花器がしつらえてありました。

1C82E637-7DA3-4FD7-91AE-5188EA0C8D49.jpeg
  この床脇の地袋(左の棚のこと)の天板も
2429FBC0-7A83-4C9A-B086-E9B92B6C32B8.jpeg
  ケヤキの木目が奥深く光り輝いて、さすが世紀の富豪、使う材料いちいち一級品。

7BE4FEBB-0D48-4A2B-BDBE-0681D14FE21A.jpeg
  と、漆で描かれた瓢箪の襖紙…
はじめ漆とは分からず、京都・唐長の紙かと思いました。でもよく目を凝らすと、艶がすごいです。もう、なまめかしいくらいの勢い。

0B14586E-48FB-4ADC-8C8E-B104B43F8B9E.jpeg
  階段を降りていくと、1つだけの小間があります。数畳ほどのこの茶室の連子窓(写真左)は、部屋の大きさに対し破格に大きく、独特な感じでした。
  連子窓は明かり取りの意味に加えてお点前する亭主を後方から照らすバックライトの意味を持つのですが、その窓が大きいと言う事は、ご亭主を目一杯アピールする意味を持っています。

855E186F-AAD6-4688-B83E-2DA1148278CC.jpeg
  この部屋はふすま紙も日本画のように美しく、侘び寂びにとらわれないご主人の現代的な感覚で作られたものだと感じました。
  かといってセンスが良いので、嫌味がなく、本当に素敵でした。
  
B5DB8FCF-D54A-4222-B065-21BF55469E5E.jpeg
  連子窓の障子の奥は竹を編んだ格子に聚楽(じゅらく)塗り回し。
この竹の編み方1つで障子紙に映る影が変わり、時間帯やその日の天候によっても、影が紅く見えたり緑に見えたりします。
  狭い茶室の中で、日々のもてなしとして、投影した影の色も楽しむもので、ここに日本の繊細な情緒の端が見られます。

  とまぁ、3箇所を説明しただけでブログが長くなりました。まだまだ目を見張る室礼(しつらい)満載だったのですが、その全てをさらけ出すのはあまりに情緒ががない気がしてためらわれます。
  その他の部分も推して知るべしです。
  興味のある方、名古屋市千種区池下駅すぐ。「古川為三郎記念館」にぜひ足をお運び下さい。
posted by Kuhcan at 22:36| インテリアレッスン

2019年05月01日

令和元年 五月一日

C7370CD5-D8FE-4895-B956-857D0C4BD99B.jpeg
  令和元年おめでとうございます祝マーク

  今更なうえ、超個人的な意見ですが、「平成」が嫌いでした。私の旧姓は「平塚」だったのですが、「平」から連想する言葉がきらいだったからです。

  小学校の時は、よく喋るので、キンキン声の担任の先生に「平塚さん怒り(ムカッ)」と怒られ続け、苗字自体がトラウマでした。
  歴史を学んでからは「平安時代」の貴族文化があまり好みではなく、さらにそこで「源氏に負けた」という事実だけで平家に偏見を持っていました。(いまは、そんなことありません。自分の目で見てないものはジャッジしないようにしています。)
  会社員になってからは「平社員」というイメージが良くない言葉がありました。
  
 そんなわけで「時代を挙げてヒラになる」ってどんな元号よ!?と思っていました。

  そうしたら、「失われた20年」が生まれて、やっぱりみんなで「平(たいら)」けくなりすぎたからじゃない?!と感じています。

  今度の令和は、ローマ字ではRから始まり、ローマとお揃いでイメージが良いものの
「令」という硬すぎる、いわゆる「命令」で使う文字。
   命令されたら嫌だなってつい思いながら、音の爽やかさにまぁいいかと思える、なかなか良い元号なのかと感じています。
  その傍ら、お上からすれば、下々が和をもって調和していると指令が通りやすくなるので、この元号下では、無意識に指示待ち人間ややみくもに人の言うことを聞く人を量産してしまわないかという心配もしています。だから元号は不要で数字でいいのにとホントは思います。

  私は、上からの号令を待つことなく、自分で考えて勘づいて生きていきたですよ。

  令和のクーカンもよろしくお願いいたします。
posted by Kuhcan at 09:49| 日記